👪26〕─1─孤独。「骨力」。強い絆と弱い絆。憂国の芸術。気力の思想。〜No.127No.128No.129No.13 * ⑦ 

執らわれない心  日本人の生き方の原点に立ち返れ!

執らわれない心 日本人の生き方の原点に立ち返れ!

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2014年11月27日号 週刊文春國分功一郎 『喫茶室』
 つながるための孤独
 最近、孤独ということに関心があります。世の中が絆とかつながりとか、コミュニティとかを強調するようになってきていて、それはもちろんすごく大切なことなんですけど、人間には自分と対話して、独りで自分を見つめなおす時間が必要だと思うんです。そのためにはきちんと孤独でいることができなければいけません。
 哲学学のハンナ・アーレントは著書『全体主義の起源』のエピローグで、寂しさ(ロンリネス)と孤独(ソリチュード)は違うと書いています。誰ともつながっていないという感覚に苛まれて、他人を追いかけ続けてしまう状態が寂しさですね。寂しさばかり感じてしまう人間は他人に依存する形になっちゃうんです。対して孤独とは、自分自身と一緒にいて自分と話をすることができる状態。一人で落ち着いていられる人間は誰かに依存しないので、その誰かと一緒にいられるのです。きちんとつながるためにはきちんと孤独でいられないといけないということですね。
 まあ孤独というのはちょっと格好つけた言い方で、わかりやすくいえば独りの楽しみ方を知っているということです。スピノザも、食べ物や香りなどの楽しみ方を知っている人間は賢者だと言っています。
 今はLINEやフェイスブックなど、何時でもどこでも誰かとつながっていられます。だからこそ孤独になる時間が必要で、たばこはその時間をうまく作ってくれるツールのひとつだと思います。
 人間は何もやることがないとそわそわしてしまいます。だからといって何かに集中すると、そのことでいっぱいになってしまう。すなわち人間が自分と対話して、ひとり
見つめなおす時間をもつためには、程よく何かをする必要があるんです。そこでたばこは、そのやらなきゃいけないことの量がちょうどいいんですね。
 僕にとっては吸って吐いてという自然な動作をいつもよりゆっくりするということだけ。そういう意味で、たばこはすごくうまく孤独を作り出す装置といえるのではないでしょうか。
 仕事を終えた後にひとりでじっと吸って反省したり思いを巡らせたり。人にそうさせる役割を果たしてきたことは、意外に大きいのではないかと思います」
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 絆には二つあり、日本の絆は「弱い絆」で、中国や韓国・朝鮮の絆は「強い絆」である。
 仕事上の同僚や知人や地域内の顔見知りでは絆が弱く、家族・親族や友人の内での絆は強かった。
 絆が強いと、絆が拘束となり行動範囲を狭め、集団内での逸脱を許さず、援助を受ける事に抵抗感を抱かせる。
 その結果として、村八分が起きる。
 絆が弱いと、地域は緩い関係を保ち、他人に迷惑をかけなければ勝手気ままに行動し、気楽に助けを求める事が出来た。
 日本のムラ社会は、閉鎖社会である為に絆が強く、同調圧力が社会を支配していた。
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 福田恆存「祭日とその儀式は、人間が自然の生理と合致して生きる瞬間を、すなあち日常生活では得られぬ生の充実の瞬間を、演出しようとする欲望から生れたものであり、それを可能にするための型なのである。私たちが型に頼らなければ生の充実をはかりえぬのは、すでに私たち以前に、自然が型によって動いていたからにほかならぬ。生命が周期をもった型であるという概念を、私たちが、ほかならぬ自然から学び知ったのだ。自然の生成に必然の型があればこそ、私たちはそれにくりかえし慣れ、習然することができる」(『人間・この劇的なもの』)
 福田恆存「私たちがどれほど知的になり、開化の世界に棲んでいようとも、自然を征服し、その支配下から脱却しえたなどと思いこんではならぬ」
 「生の終わりに死を位置づけえぬかなる思想も、人間に幸福をもたらしえぬであろう」
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 2015年5月号 『正論』
 執行草舟憂国の芸術 禅とは、首尾一貫した変形(deformation cohernte)である。それは、根源に横たわる一貫性によって我々に『異界』を呈示しているのだ。この世の本質でsる神秘を、現前化する。その腕力と善意が繰りか広げられる弁証法的深淵を、我々は見つめなければならぬ。異形の中に、真のいのちがあるのだ。
 禅とは、原始のもつ根源性と、その無限性を内在する。そして、それを現実世界に現成させようとする精神なのだ。原始を、己の身心に『生(なま)』で受け止めそれを喰らい尽くす。そのゆえに、禅の芸術は生命のもつ苦悩と悲哀が表現されることになるのだ。悲痛を見つめなければ、生の淵源はわからない。暗く深い、生の故郷へ到達することが出来ない。だから、禅は苦悩を愛する。苦悩がもたらす『祝福の魔力』を願う。そう、魔力なのだ。禅とは、非日常世界の体験に他ならない。つまり、魔を見る。この魔が、古代ギリシャにおいては、偉大なる『文字』を生んだ。生の淵源を知る者は、魔力を知る者でる。そこに禅と古代ギリシャの共振を私は見ているのだ。元来、人間の生はディオニソスの祭壇に捧げられている。それをフリードリッヒ・ニーチェは『ギリシャ的晴朗』(die griechischeHeierkeit)と呼んでいた。この生の悲哀のはて涯てに広がる真の『晴朗』こそが、禅の本質であろう。
 禅の書は、人間の心を無限に向かって開放して行くのだ。真実の禅の書には、その力がある。生命の価値は、自己独自の憧れに向かって生きることにある。その憧れの本質が、禅の書に表されているのだ。確かに、我々は不幸である。しかし、『我々は生まれたのだ。清澄(せいちょう)な日のために・・・』と謳ったヘルダーリンの心に、私は禅の本質を見るのだ。
 我々は、環境を超越しなければならない。そこに禅の神髄がある。禅の芸術は、それを示しているのだ。与えられた環境に埋没すれば、それは動物にすぎない。我々は、人間独自の在り方を求めて環境を超越しなければならないのだ。マックス・シェーラーが『世界開在性』(Weltoffenheit)と呼んだ『生の跳躍』を掴まねばならぬ」
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 2016年1月号 歴史通「武士への道 執行草舟 インタビュー樋渡優子
 気力の思想とは
 『お前の知らぬものに到達するために、お前の知らぬ道を行かねばならない』
 私はこの十字架のヨハネの言葉を旨として生きてきましたから
 ……
 人間にとって一番大事なものは何か?それはすべての飾りを取り去ったあとに残る生命の底力です。つまり、その気骨こそがその人の生命の根本だと・・・。それは、目に見えないが、生命や物質を貫徹して存在する『力』です。それを『気骨』と言う。特に船はしれがわかり易い。始めに竜骨(キール)が造られ、それに沿ってあらゆる骨組が造られていくのが船だからです。その骨組みの段階で、完成する船の良し悪しはすべてわかるそうです。骨組だけで、その船の『運命』がすべてわかると言うのです。その運命を暗示する『勢い』とも呼ぶべきものが、『骨力』なのです。平井社長はこれを海軍で仕えた平賀譲(ひらがゆずる)博士から聞いたそうです。平賀博士は日露戦争の頃からの海軍の技術中将で、日本が欧州から軍艦を買っていた段階から、〝戦艦大和〟という世界最大の軍艦を国内で建造するところまで、一人で持ってこられた偉大な人物です。海軍では平井社長の上司だったわけです。
 当時の感覚でいえば、軍艦はただの船ではありません。今のスペースシャトルと同じで、各国ともに最先端の科学技術の結集でした。平賀博士はつねづね『優れた軍艦は骨力が強い』、『軍艦の心臓とは骨力である』と説かれ、日本政府がイギリスのヴィッカーズ社から軍艦『金剛』を買ったときも、現地で見て、『この軍艦は骨力がある』と買い付けられたそうです。
 博士の予言どおり、『金剛』戦艦は主力艦として太平洋戦争が終わるまで沢山戦って、最後まで沈まなかった。日本が自前で軍艦を造るようになってからも、唯一の外国建造船として生き抜きました。
 ──骨力とはどこでわかるのでしょう。
 見ればわかると言うんです。そのかわり、計算でもなければ、科学技術でも造れない。理屈では説明がつかないので、自分で?(つか)むしかないのですが、この思想を平井社長からお聞きした際、私が子供の頃から生命力として考え続けてきたことが、骨力と結び付けました。そして、平井社長は、それを知る力こそが『愛』の力ではないか、それも強い『恋』の力ではないかと言っていたのです。平賀譲は、それを見る力は『祈る』から生まれる力と言っていたそうです。 
 ──具体的に説明していただけますか。
 骨力という言葉そのものは、古代中国の『晋書』に見えるものです。その中で、『書』の真の価値を見分ける方法として出てくる言葉です。つまり、いい書には『骨力』があるということです。書聖、王羲之(おうぎし)とその子、王献子を比べ、字は献子の方がうまいが、どうしても父にはかなわないものとして『骨力』が挙げられているのです。勢いというか、生命のようなものでしょう。しかし、それを『書』の技術ということで表している。だから、それは現世的な思想に結び付く考え方を必ず含んでいるのです。その中国思想の特色が、近代になっての技術に結び付いたのではないかと私は思っています。中国思想は徹頭徹尾、実利的であるところが一番の特徴、たとえば日本が仏教を正しく理解し、最も仏教が栄える国になれたのは、中国を経由したからでしょう。
 古代インド哲学は、ものすごく宇宙的で瞑想的でしょう?それをお経を中国語に直したり、天台宗などが哲学に変容させてから、日本へと伝来してきました。禅思想もインドだと、一生、山の上に座って瞑想して終わりですが、中国を経由して『禅』として日本に入ってきたことで、武士道へとつながって行きました。
 ──観念が実利的なものに?
 そうです。宇宙哲学がビジネスや戦争といった〝現実〟と融合することが可能になる。これは中国思想がもたらした作用です。
 明治までの日本人が明らかに骨太なのは、漢文の素養があったからです。漢文というのは中国哲学です。現世的で、道徳的で、人間を縛りつける。でも縛りつける分、思想に吹き飛ばされずにすむんです。
 ──そういえば、漢文には孫子韓非子、様々な兵学がありますが、インド思想には目立った兵法はないような。
 そうですね。だから、目に見えない生命の力やその生命が生きる運命の力を『骨力』という言葉で覚えることがすごく大事なのです。〝生命力〟と言ったのでは、インド的で放散してしまいますが、『生命力=骨力である』と言うと、現世にぐーっと入ってきます。骨力に技術的で現世的な力を持っている言葉なんです。
 私は20代の前半、平井社長からこの『骨力の思想』を学ぶことで、『現世』を手に入れたと思っています。大学生までさんざん勉強してきた文学、哲学、宇宙、生命が〝実務的なもの〟とはじめて結び付きました。
 ……
 名付けて『3パーセント 97パーセント理論』。これも平井社長に教えてもらいましたが、自分で名付けました。
 『何か問題にぶつかったときに、重要なことは100のうち必ず3しかない。残りの97から98はゴミみたいなものだ。人間というのは、どうでもいいものに気を取られているが、ある問題を乗り越えるために重要なのは100のうち必ず、2つか3つしかない。それに突進するのだ。その勇気だけが大切なんだ』という教えです。これは、逆に考えれば楽な考え方なんです。だってその2つか3つをやれば100すべてをやったのと変わらないということなんですから。この思想は、私は入りましたね。この思想だけで、私は今日まで好き勝手やって儲かり、かつ生きてもいます。
 ここで誰もが疑問に思うのは、『その2つ3つをどう見分けるのか?』ですが、平井社長は『その2つ3つの問題を選ぶのは簡単だ。お前が今日の今、このときに一番やりたくない、嫌だと思っていることが、その2つか3つなんだ』と。
 ──嫌なことから逃げるなと。
 そんな単純なことではありません。もっと奥が深い。まずは、逃げずに、その2つか3つを突き進んでやれということはあります。そして、それはその時、最もやりたくないことなのだということです。しかも、あとの97をやっている方が一番やっているように自分も感ずるし、はた目からもそう見えるそうです。そして、2つ3つの大切な事柄はそのほとんどが人の目に見えづらく、やっても怠けているようにしか見えないことも知らなければならないということなのです。
 また、『何かにぶつかったとき』というところがミソで、つまり選ぶとき、これだとは言えない。それぞれの状況によって違うのですから。
 ──2つ3つなら、全力で出来そうな気もします。
 平井社長いわく、『真面目な努力家というのは、97ばっかりやるけれども、逃げ道としてはそのほうが楽だからで、2つか3つをやっている人は、一見、やっていないように見えるが全員に共通していることだ。歴史的に重要なことを成し遂げた人を見ても、暇そうで、遊び人で、不真面目な奴だと周囲から見られている』と。
 ──忠臣蔵大石内蔵助ですね。
 うん、それは近い。なぜ暇そうに見えるかというと、その嫌いなことは、その人にとって嫌いなことだから、他の人には気付かれないんです。だから何もやっていないように見える。
 ──非常に個人的な問題が多いと。
 必ず個人的だから、共通の答えはないんです。〝一番嫌なこと〟としか言えない。ただ人生において何か問題にぶつかったとき、『俺はこれだけは死んでも嫌だ』と思う、その対象にこそ、恐れずにぶつかっていけとう教えなんです。
 私は死ぬほど読書が好きですが、ビジネス書はおろか、経営理論の本だけは一冊も読んだことがありません。私のビジネス哲学はこの『3パーセント 97パーセント理論』、ただひとつです。その他には、人物像として出光佐三の生き方があるだけです。」
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日本人の価値観 (異文化理解の基礎を築く)

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日本人の価値観―「生命本位」の再発見

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