🎌7〕─4─日本のお笑いの原点は世襲の家元制度にある。ユネスコ無形文化遺産・狂言。〜No.44No.45No.46 * 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 2019年5月27日 朝日新聞「文化の扉
 狂言 お笑いのDNA
 600年続く『侍のコント』が狂言でござる。庶民が勘違いをしたり主人がからかわれたりと、殺伐ろした時代に育まれた平和なお芝居を、偉い大名たちがお好みになられ、豊臣秀吉に至っては自ら作って演じたとな。ゆるりとご覧あれ。
 会話でおかしみ生む『コント』戦後に再評価

 日本人の笑いのDNAだ、と言っておこう。直接影響のない当代のサブカルチャーがしっかり受け継いでいるのだ。
 たとえば『六地蔵』は、田舎者をだまそうと3人が六体の地蔵に扮するが、どたばた走り回って取り繕ううちにばれる。これってドリフターズのコントのようだ。狂言を代表する登場人物・太郎冠者(たろうかじゃ)が調子に乗って失敗するのも、漫画『ドラえもん』や『こち亀』の主人公という二つ。増えたキノコが山伏らを襲う『菌({くさびら}茸)』、大名が蚊の精と相撲を取る『蚊相撲』など、アニメみたいな話もある。
 狂言師の声や所作には、決まった型がある。これが見る人の想像力働かせ、狂言は現実を超えたファンタジーと化す。
 セリフは大きな声ではっきり発音する。一字一句、抑揚(よくよう)も含め師匠から口伝えで教わる。まるで歌のようだ。大蔵流宗家の大蔵彌太郎さん(44)によるとしぐさや動きの型は『無駄な動きを省いた武士の様式美』。舞台を一周すれば長い道のりを歩いたことになる。そんな約束事を覚えると、面白さが深まる。
 
 同じ能舞台で演じる能は、兄弟のような存在だ。
 奈良時代に中国から散楽(さんがく、さるごう)という芸能が渡来した。歌や踊り、ものまね、芝居などが混在するパフォーマンスだったらしい。平安時代には猿楽(さるがく)と呼ばれ、宮廷や祭りで演じられた。室町時代に入ると武家政権の中で演劇化した。観阿弥世阿弥によって歌舞主体で死者を鎮魂する能が形成される一方、会話を中心に生きる人間のおかしさを楽しむ喜劇が狂言となっていった。法政大学の伊海孝充教授(能楽研究)は『猿楽からすれば、ものまねや秀句(しゃれ)といった要素を色濃く残す、狂言の方が本流』と話す。
 大半の話に登場する太郎冠者は庶民の代表だ。仕える主人や田舎大名に従わず、しばしばやりこめる。立場の逆転で笑いを生む話が多いのは、下剋上な風潮だった南北朝から室町前期に成立したからという。実力でのし上がった戦国武将にも好まれた。上司の顔色をうかがう事なかれ主義がはびこる現代の日本で見ると、従者が物おじしない大胆さはむしろ新鮮に映る。

 涙ぐましい苦難の歴史も。明治維新で幕府や大名の保護を失った狂言師は路頭に迷った。断絶する流派も出たが、世襲してきた各家は、別の仕事をしながら芸を継承した。
 狂言は能に付随する芸能、という見方が長く続いた。海外でも、芸術性の高い能の研究が盛んだ。喜劇が一段低く扱われるのは洋の東西を問わないようで。
 戦後になって、木下順二『彦市ばなし』などの新作がつくられたり、若手が現代劇に出演したりと『狂言ブーム』が起き、徐々に評価が見直された。能と狂言を併せた『能楽』はユネスコ無形文化遺産に登録された。
 今は大蔵流和泉流がある。能楽協会所属の狂言師は約140人で、東京、京都のほか名古屋、福岡などで活動し、公演によっては能をしのぐ人気だ。来夏の東京五輪パラリンピックで開会式と閉会式の演出の総合統括を野村萬斎が務めるように、活躍の幅を広がっている。
 芝居は泣かせるより笑わせるのが難しい、のも不変の真理。『私、お笑いに詳しいです』と言いながら古来培われてきた喜劇に背を向けるお方、やるまいぞやるまいぞ。(井上秀樹)
 
 笑える定型 奥深い
 お笑いタレント 南原清隆さん
 テレビ番組の企画で20年以上前にやったんです。そのとき教わった(先代の)野村ま万之丞先生と、亡くなられる前に『現代人が出てくる狂言をやりたい』と話したんです。弟の野村万蔵先生に教わって、2006年から毎年、古典や新作を上演しています。
 なぜ続いているか?受けたんですよ。狂言を見たことのない多くの人に、ストレートに入っていく。これはとてつもない奥深さがあるな、と。
 コントとは自由度が違う。一字一句間違えず、クラシックを演じてるようなもの。笑わせるところは、タイミングだけ。どれだけ緊張の糸を張っているかが勝負です。序破急は全く同じですね。うらやましいのは、何回やっても笑えること。なぜそうなるのか探ってみたいです。
 マルセル・マルソーにパントマイムを学びたくてフランスへ行ったら『何を言っている。私は能と狂言をすごく勉強したんだ』と、庫から宝物の能面を持ってきてくれました。すごい技術が足元にあったんだ!」
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 日本の笑いには、世界に通用する知的で高度なユーモア、ジョーク、エスプリはない。
 何故か、日本お笑いは伝統的民族芸能として、血族主義と血統主義を正統とする世襲の家元制度が根底にあるからである。
 特定の血筋・血統、それが世襲の家元制度である。
 その原型は、万世一系の男系相続の天皇家・皇室である。
 血が繋がらない赤の他人が、如何に優れた人物であっても世襲の家元にはなれない。
 世襲の家元制度とは、血は水より濃いという血筋・血統信仰で、祖先神・氏神の人神崇拝に繋がっている。
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 日本を伝統的民族芸能は、型・作法・所作・見栄に囚われた形式美にある。
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 日本のお笑いは伝統的古典芸能として、創作されてから数百年の時を、特別の血筋の一家が内々で継承してきた「お家芸」で、お家芸を血筋でない他人が許可なく演ずる事はできなかった。
 伝統的民族芸能は、世界演劇の常識からすれば、人権と自由を無視する、排他的であり、閉鎖的であった。
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ウィキペディア
 狂言(きょうげん)は、能と同様に猿楽から発展した伝統芸能で、猿楽の滑稽味を洗練させた笑劇。明治時代以降は、能・式三番と併せて能楽と呼ぶことがある。

 語源
 狂言は、道理に合わない物言いや飾り立てた言葉を意味する仏教用語の「狂言綺語」(きょうげんきご)に由来する。この語は主に小説や詩などを批評する際に用いられた(例:願以今生世俗文字業狂言綺語之誤 翻為当来世々讃仏乗之因転法輪之縁-白楽天)。さらに一般名詞として、滑稽な振る舞いや、冗談や嘘、人をだます意図を持って仕組まれた行いなどを指して狂言と言うようになり、南北朝時代、この語が猿楽の滑稽な物まね芸を指す言葉として転用され、現在使用されている狭義の狂言の名前として定着する。
 江戸時代中期になると、芸能・芝居全般(歌舞伎や浄瑠璃)の別称としても広く用いられるようになり、現在で言うところの「歌舞伎」の正式名称「狂言」あるいは「狂言芝居」と区別がつきにくくなったため、狭義の狂言をわざわざ「能狂言」と表記する場合もあった。
 能は面(仮面。おもてと読む)を使用する音楽劇で、舞踊的要素が強く抽象的・象徴的表現が目立つ。またその内容は悲劇的なものが多い。これに対し狂言は、一部の例外的役柄を除いて面を使用せず、猿楽の持っていた物まね・道化的な要素を発展させたものであり、せりふも含め写実的表現が目立つ。内容は風刺や失敗談など滑稽さのあるものを主に扱う。

 流派
 江戸時代に家元制度を取っていた流派としては、大蔵流(おおくら りゅう)・和泉流(いずみ りゅう)・鷺流(さぎ りゅう)の3派があったが、このうち現在能楽協会に所属する流派として存続しているのは大蔵流和泉流だけである。鷺流は今日山口県新潟県佐渡島佐賀県に残存しているが、能楽協会への入会資格を認められていない。その他に、室町時代後期から江戸時代初期にかけては南都禰宜流(なんとねぎ りゅう)という神人を中心とした流派があったことが知られている。神人とは神社に属して芸能その他卑賤の仕事に従事した者の称で、かつて猿楽が有力寺社に属していた名残とも言える存在である。室町時代には盛んに活動していたことが諸記録によって知られるが、江戸時代に入ると急速に衰え、江戸初期には既存の流派(大蔵流など)に吸収されて消滅したと言われている。その他にも無名の群小諸派が存在したようで、流派としては既に滅んでしまったが、一部の台本は『狂言記』『続狂言記』『狂言記拾遺』『狂言記外編』という一般読者向けの読み物となって江戸時代に出版され世に残った。

 大藏流
 詳細は「大藏流」を参照
 流祖玄恵法印(1269ー1350)。二世日吉彌兵衛から二十五世大藏彌右衛門虎久まで700年余続く、能楽狂言最古の流派。
 猿楽の本流たる大和猿楽系の狂言を伝える唯一の流派で、代々金春座で狂言を務めた大藏彌右衛門家が室町後期に創流した。

 和泉流
 詳細は「和泉流」を参照
 和泉流は、江戸時代初頭に京都の素人出身の職業狂言師である手猿楽師(てさるがくし)として禁裏御用を務めつつ、尾張藩徳川義直に召し抱えられていた七世山脇和泉守元宜が、同輩の三宅藤九郞家、野村又三郞家を傘下に収めて創流した流派である。

 鷺流
 鷺流は徳川家康のお抱え狂言師となった鷺仁右衞門宗玄(1560–1650年)が一代で築き上げた流派である。宗玄は、もとは山城国猿楽系の長命座に属していたが、長命座が金剛座に吸収されてからは宝生座に移り、慶長19年(1614年)に家康の命令で観世座の座付となったのを機に一流をなした。
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 現代日本人は自分は国際レベルの教養のある常識人という自負から、お笑いをくだらない芸事として軽蔑し、お笑い芸人を下等な芸人と差別する。
 現代日本人は、普遍的な哲学・思想・主義主張な理屈ぽいモノ、西洋文化的な科学的合理的なモノ、世界で通用する高度で高尚な芸術性あるモノこそ優れたモノとして、民族文化・民族芸能の浅はかで軽薄で笑いを誘うモノを嫌悪して排除している。
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 グローバルはローカルを、駆逐し、消滅させる。
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 日本人の民族的笑いは、中華文明圏の中国・朝鮮・韓国の儒教的笑いとは全く異なり、世界の笑いとも違う独自の笑いである。
 日本のお笑い芸人は、世界の権力者や権威者に飼われた道化ではない。
 日本の文化・芸能・芸術は、韓国・朝鮮とは無関係であり、朝鮮・韓国ゆかりのモノはない。
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 日本民族日本人は、みんなと一緒に、子供のように、教養を離れ、常識を忘れ、よく笑いおどけ、よく歌い踊りたわむれる、深く考える事を嫌う陽気でにぎやかな人々であった。
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 日本の笑いには、瞬間的なその場限りの一発芸的笑いから数百年の歴史を持つ所作墨守の形式美的な笑いまで多種多様である。
 日本の笑いは時代によって受ける笑いは変わり、一発芸的笑い、形式的笑い、その他の笑い、などと目まぐるしく多種多様に変化している。
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 血筋・血統を正統とする世襲の家元制度や師匠と赤の他人の弟子という師弟制度は、日本独自の、日本でしか通用しない排他的閉鎖的制度である。
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 血筋・血統による世襲の家元が断絶すると、その家だけに受け継がれてきた独自の所作、しぐさ、型、芸、芸能も永久に失われる。
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