🎌8〕─1─日本の元号は、改定版独立宣言であり、天皇の諡号であり、日本文化である。ドイツ・オペラ。~No.65No.66No.67 * 

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   ・   ・  {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博} ・    
 かつて、正統なオペラはイタリア語で歌われるのが常識であった。
 西洋文化の中心はイタリアで、ドイツは文化度の低いド田舎であった。
 世界の共通語はイタリア語で、ドイツ語は田舎言葉であった。
 モーツァルトの時代に、イタリア語ではなくドイツ語で上演され始めた。
 親イタリア派など教養人や常識人達は、ドイツ語のオペラは野蛮で下品で聞くに堪えないと非難した。
 だが、ドイツの作曲家達は、ドイツ語はオペラに向かないとされたが、それでも民族言語・ドイツ語でのオペラに情熱を持って作曲を続けた。
 諦めず作品を生み出し続け、成功と失敗、称賛と酷評、挫折を繰り返し味わいながら実勢を積み上げ、時代を経る事によってドイツ語オペラは世界で認められ、遂にクラシックにおける不動の地位を築いた。
 ローカルなドイツ文化が、グローバルなイタリア文化から独立した瞬間である。
 民族の独立は、民族固有の言語・文字による独自文化の確立にある。
 文字は、イタリアもドイツもギリシャで生まれたアルファベットを使用している。
 哲学、思想、文学など諸々の源流は、全て古代ローマ古代ギリシアにある。
 ナショナリズムは、民族の独立から生まれる。
 ドイツオペラは、偉大な作曲家ワグナーが数々の名作を生み出す事で成熟した。
 同じクラシック・オペラといっても、イタリア・オペラとドイツ・オペラは別物である。
 ドイツ・オペラは、イタリア・オペラ負い目を感じる必要はない。
 演劇も歌劇も全てのルーツは、古代ギリシャ劇である。
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 2019年1月1日・4日合併号 週刊ポスト「ベストセラー『東大教授が教えるやばい日本史』『日本史のツボ』の著者が綴る『元号』で読む日本史
 本郷和人
 『徴用工判決』と元号の関係
 ……
 中華帝国の〝第一の部下〟
 ジャーナリストの鈴置高史は、韓国は『反日』ではなく『卑日』を推進していると捉えるべし(日経ビジネスオンラインより)と説く。この主張は歴史的な見地からすると、とてもよくわかる。『私たちが日本に文化を教えた』、歴史的には『朝鮮が兄であり、日本は弟だ』と発想するお国柄なのである。一段高い立場にあるからこそ、『日本を卑しむ』という視点が生じる。
 東アジアの歴史は、中国を核として発展してきた。中国は文化の薫り高い世界の中心、『中華』であると自ら誇る。北狄(ほくてき)・東夷(とうい)・南蛮・西戎(せいじゅう)に分類される周辺の野蛮な国や部族は、その徳を慕って貢ぎ物をもって挨拶にやって来る。これが朝貢、という概念である。ただ挨拶だけでは済まさず、中国をあがめ、臣下になる国も出現する。そうなるとその国の王は中国の皇帝の家臣となる。この関係を築くと、当然だが家臣側の国のトップは『皇帝』を名のれず、皇帝の許可を受けてはじめて『王』を称する。また、元号を自ら定めることができなきなり、中国のものを用いることになる。
 朝鮮半島の王朝は、長いあいだ中国帝国のいわば『第一の部下』であり、中華秩序の優等生であった。だから中国の威を借りて周辺の国や部族を下に見る。しかも中国大陸で漢民族の『明』が女真族の『清』に滅ぼされると、『清』に臣従しながら、(『清』は野蛮な女真族の国なので、いまや)わが朝鮮こそが文化の本流だと自認した。『面従腹背』を地で行ったわけで、『経済では助け合うけれど、謝罪はずっと求める』という『ツートラック政策』はかの国の年季の入ったお家芸なのだ。
 元来、文化は朝鮮が優位にある。その『礼の国』朝鮮を暴力で踏みにじり、植民地にした。文化を教えてやったのに、恩を仇で返された。そう考えるから、恨みは収まらない。そこで、いつまでも謝罪要求がなされる。仏教文化を伝えたのも我々だ。だから盗んだ仏像は返さずともよい。加えて『反日』より『卑日』。この負の感情の爆発は文大統領の在任中は続きそうなので、頭が痛くなる。
 聖徳太子の危険な冒険
 さて、一方の我が国であるが、ぼくは聖徳太子の遣隋使は意地の表明であり、ギリギリのやせ我慢だったと思っている。当時の日本と『隋』王朝とでは国力に雲泥の差がある。賢明な聖徳太子がそのことを認識していないはずはない。だから、『日いづるところの天子、日没するところの天子に書をいたす、つつがなきや』という国書の文章は、日本の大王と『隋』の皇帝を同格のものとした。きわめて危険な冒険であった。『隋』の皇帝は激しく機嫌を損ねるかもしれない(実際に激怒したらしい)。でも我が国が自立する国家であるという一線は譲ることができない。それが太子の考えだったのだと思う。
 実際に現地に赴く使者の小野妹子は、無礼である、と殺されることも覚悟していたのではないだろうか。幸いにして妹子は返書を得て帰国したが、日本の無礼を厳しく糾弾する内容だったと伝わる返書は、途中で失われたとして朝廷には提出されなかった。
 そんな緊張に晒されても、日本は中華帝国の家来となる道を選択しなかった。天武・持統天皇の頃には神話世界を天照大神を中心として整理し、神の子孫が天皇であると位置づけた(だから持統天皇天照大神のモデルだといわれる)。皇帝と同格の『天皇』という称号を用いたのもこの頃からであり、『日本』を国号と定めた。
 そして、わが国は独自の元号を用いるようになった。元号は『大化』から始まるが、その後しばらくは定められたり空白期があったりで、不安定であった。持統上皇が補佐する文武天皇5年(701年)に『大宝』が元号として掲げられ、それからは現在の平成まで、切れ目なく続いている。言うまでもないが、天皇の代替わりのときにのみ改元されるようになったのは明治になってからで、それまでは大きな事件(政争、戦乱、天変地異、飢饉など。もちろん天皇の代替わりもこれに該当する)が起きると、人心一新を図るために、改元が行われた。
 この意味で、元号とは、日本が自立する国家である証しであった。太平洋戦争の敗戦後、天皇主権が否定されると、元号の廃止も検討された(例えば石橋湛山は否定論者であった)。昭和25年(1950年)2月には、参議院元号を存続させるや否や、という議論がもちあがった。
 このとき高名な古代史研究者(東京大学教授、1951~62年まで史料編纂所所長)の坂本太郎は『元号は独立国の象徴である』と論陣を張った。坂本の説には、歴史事実から見て、確かに一理があったのである。
 平将門源頼朝の違い
 もっとも、日本の庶民までが元号を知っていたかというと、字の読み書きができなかった彼らの日常生活には浸透していなかったであろう。元号よりも十干(じゅっかん)十二支(甲・乙・丙・丁・・・と、ね・うし・とら・う・・・の60通りの組み合わせ)が使われて、時間の概念を構成した。だから関東の荒野で平将門が反乱を起こしたとき、彼は『新皇』を名乗って幼稚ながら自分の政府を作っているが、元号を新たに制定していない。元号を意識していなかったのだろう。
 同じ武士でも、鎌倉幕府を開いた源頼朝になると、元号をしっかりと政治に取り入れている。治承4年(1180年)に反乱軍として歩み始めた彼は、平家や木曽義仲などライバルの影響下にあry中央政府改元しても、養和とか寿永の年号を使用しなかった。寿永2年(1183年)に朝敵の汚名を返上して初めて、中央と同じ年号を関東でも用いるようになったのである。このあたり、政治家・頼朝の意識の高さを見ることができる。
 頼朝は中央政府が定めた年号を用いなかったときに、治承の年号をそのまま使い続けた。これに対し、自分の支配している地域でのみ有効な年号を使われた例もある。こういう年号を『私年号』というが、私年号が用いられた事例は、調べてみるとさほど多くない。たとえば京都の朝廷や幕府が衰退し、地方に下克上を旨とする大名たちがしきりに勃興した戦国時代においても、改元の情報はそれなりに地方に伝えられ、戦国大名たちは新しい元号を直ちに自分の治世に取り入れている。
 この辺りは『分裂』がキーワードであるはずの戦国時代の『(日本)国のまとまり』を考える際に、大切な材料を提供してくれる。
 織田・豊臣政権が生まれ、江戸幕府が誕生すると、天皇や朝廷が政治・経済に積極的に関与することはなくなっていった。このとき天皇のもとにどんな権限が残っていたのかを考えてみると、ぼくはそれは『時間を司る』権能であると理解している。具体的に言うと、暦を制定すること、それに改元を実施することである。
 このうち、暦の制定はやがて幕府が担い手になっていく。朝廷がもっていた宣明暦は800年も使われていた古いものだったので、日蝕や月蝕が明らかに当たらなくなっていった。そこで幕府は渋川春海の貞享暦(じょうきょうれき)を新たに採用したのだ。ついでに言うと貞享暦もやがてズレが生じるようになった。それは地球の大きさが正確に分かっていなかったために、計算にどうしても狂いが生じたからであった。そこで幕府は天文方を創設し、地球の大きさの測定に乗りだした。このこき日本列島をくまなく歩いて地図を作ると共に、地球の大きさを計算するためのデータを実測したのが有名な伊能忠敬だった。
 それはさておき、かくて天皇の大きな仕事として最後まで残ったのが、実に改元だったのである。」
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 政教分離の原則からすれば、元号以上に西暦は絶対に使ってはならない年代表記であり、政治の場や公文書から西暦を完全排除すべきである。
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 日本天皇・皇族、皇室は、在来種の日本産トキと同じ運命を辿る。
 如何なる種も、その血筋は何時かは絶える。
 古代文明を持って現存する原始民族は、日本民族だけで、後は全て滅び、残骸としての人が住めない廃墟を晒している。
 死に絶えない、絶滅しない生物はいない。
 日本国も日本民族も、何時かは死滅するし絶滅する。
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 「時の流れ」には、始まりがある。
 歴史には、開始の時間点が必要である。
 宗教であれば、絶対神による天地創造である。
 国家であれば、建国された時である。
 人であれば、生まれた年である。
 その時と年を定める方法は、神話・宗教と憲法・法律の2つがある。
 西暦やイスラム暦などは、神による宗教である。
 革命暦は、人民による法律である。
 日本の元号は、神意的な神話・宗教と人為的な憲法・法律の折衷である。
 元号を捨て西暦を使う事を拒否する反宗教無神論の日本人は、宗教・神を持って共同体を形成したホモ・サピエンスを拒否し、宗教・神を持たず共同体を作らなかったネアンデルタール人的生き方を理想としている。
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 元号は、言霊である。
 元号とは、独立宣言である。
 日本民族は、自立した独立国であるの為に万世一系男系天皇(直系長子相続)をつくり、一人自立した人である事を宣言する為に元号を定めた。
 万世一系男系天皇(直系長子相続)とは、政治と宗教の独立宣言である。
 元号とは、日本文明・日本文化・日本伝統そのものである。
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 元号は、これから生きる時代に思いを込める文化であり、その思いに従って生きる道標であったあった。
 日本神道の教義は、言霊によって元号に込められている。
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 宮崎緑「日本文化とは何か、我々のアイデンティティは何で、心の拠り所をどこに置けばいいのかと社会が揺れている中で、良い元号になってと思っています。令和にはある種のメッセージが込められていると思いますから」
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 一代一元号制度における元号とは諡号(しごう)の事で、崩御された天皇上皇(前天皇)の諱(いみな)・諡(おくりな)の事である。
 日本の歴史は、睦仁(むつひと)天皇明治天皇と、嘉仁(よしひと)天皇大正天皇と、裕仁(ひろひと)天皇昭和天皇と呼ばれている。
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 2019年4月21日号 サンデー毎日「世界透視術  金子秀敏
 元号ナショナリズム
 『思い切った選択』と安倍首相が言ったのは『万葉集』を使ったことだ。645年の『大化』以来、日本の元号で初めて中国の古典の語句を使わなかった。ついに日本文化の脱中国を果たしたというナショナリズムだ。
 中国の反日世論を先導してきた『環球時報』ネット版が新元号発表直後の速報で日本の右傾化に警鐘を鳴らした──『脱中国元号が始まると日本の政治経済のムードが大きく変わるのかもしれない』と。
 中国の古典には『正朔(せいさく)を奉ず』という言葉がある。『正朔』とは1年の始めと1ヵ月の始めで、世界の時間は中国の皇帝が支配しており、周辺国は中国皇帝の定める暦や元号に従わなくてはならないという中華思想だ。周辺国が独自の元号を使うことは反中国になり、許されない。安倍首相が高揚したのも、『正朔を奉ず』という中華思想に縛られてきた証しだろう。
 『環球時報』は、すぐに新元号叩きをやめた。かわりに『令和という文字には中国の影響がある』と言い出した。『令月』『風和』はもともと中国の詩にあった言葉だから脱中国ではない、という屈折した理屈で振り上げかけたこぶしをおろした。なぜなのか。いずれ習近平国家主席国家元首として訪日する、その時には『令和時代』の新天皇に面会する日程が浮上する。『令和』をけなすことはできない。『環球時報』の速報は、うっかりそのことを忘れていたのだろう」
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 朝鮮は、中国の暦を採用して、中華帝国の忠実な属国、中華皇帝の家来である事を示したいた。
 朱子学の中華儒教を絶対真理とし、中国語を公用語とした。
 文字も、漢字が公用文字とされ、ハングルは野蛮な文字として禁止された。
 姓名も創氏改名して、古朝鮮の姓名を捨て中国の姓名に変えた。
 中華皇帝の権威を否定し、中華帝国の権力を否定する、如何なる学問も異端として弾圧された。
 朝鮮を支配していたのは朝鮮国王ではなく中華皇帝であったが、中華帝国は朝鮮を領土とする事なく放置していた。
 朝鮮人は中国人になりたがったが、中国人は朝鮮人を中国人にする事はなかった。
 中国にとって、朝鮮はキーセン(妓生=宮廷慰安婦)や宦官(宮廷使用人)を献上してくる国にすぎなかった。
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 日本民族日本人が、少子高齢化で人口激減して少数派となり、外国人(主に中国人)移民・難民が急増して多数派となれば、日本の元号は存在意義を失って消滅する。
 多様性による文化の共生において、日本独自の宗教・文化・伝統に基づく元号は邪魔になる。
 何故なら、元号は、祭祀王・日本天皇と一体化し、日本天皇を言語や文字で見える化しているからである。
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 キリスト教世界を破壊する方法は、イエス・キリストの誕生を正統とする西暦を消滅させる事である。
 天皇制度を廃絶する方法は、天皇由来の元号を廃止する事である。
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