🗾33〕─1─人類は男系父系Y染色体集団で世界へ移動して行った。〜No.92No.93No.94 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 集団・組織の絆・繋がりといっても、男系父系Y染色体と女系母系X染色体では事なる。
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 ジェンダーフェミニスト、男女平等とは、原始時代から受け継いだきた男系父系Y染色体の人類神話を破壊し、愛欲・色欲に基ずく女系母系X染色体を新たな人間物語にしようという宗教革命である。
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 男系父系Y染色体は、団結の求心力として集団・組織を形成し、人種・民族・部族を生み出し、人類・民族・部族という人の歴史を作り出した。
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 Y染色体は有限な為に、区切り、区分け、範囲、境界、境目、限定などの線引き・ケジメがハッキリと定めやすいが、X染色体は無限の為にそれらができない。
 何故なら、Y染色体は子供を産ませるオスであり、X染色体は子供を産むメスだからである。
 繁殖相手を決めるのは、オスではなくメスである。
 遺伝子・染色体の滅亡と存続を決める決定権は、メスが持っている。
 メスは、オスの知らないところで別のより優れた遺伝子を持ったオスの子を宿し産み、遺伝子が異なる他人の子をオスに自分の事して育てさせる。
 愛という幻想でY染色体・オスは、X染色体・メスの企みで滅びる脅威に晒されている。
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 日本で、世界の常識的な数十万人・数百万人を殺す悲惨な大虐殺がなかったのは、男系父系Y染色体天皇制度が神聖不可侵として存在していたからである。
 男系父系Y染色体皇帝制度といっても、日本の天皇制度と中華(中国や朝鮮)の天子制度とは根本から違う異質な制度である。
 現代日本の高学歴出身知的エリートは、歴史力がなく生理的に歴史が嫌いな為に歴史的事実が理解できないし、男系父系Y染色体と女系母系X染色体の違いも理解できない、と言うより理解する事を拒絶している。
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 人の移動(Human migration)とは、人間がある場所から別の場所へ、永続的にあるいは一時的に動くことである。本記事では人類誕生以来、現代に至るまでの、人の移動の歴史(History of human migration)について扱う。

 旧石器時代
 出アフリカと世界への拡散
 ハプログループAの移動
 現生人類の最も古い化石は、エチオピアのオモ遺跡から発見されたおよそ19万5,000年前のものとされてきたが、2004年にモロッコのJebel Irhoudの地層で発見された、頭蓋骨及びその同年代のもの思われる複数の石器がおよそ30万年前のものであると結論づけられた。アフリカ人の遺伝的多様性に関する広範な研究から、南西アフリカのナミビアアンゴラの沿岸境界近くが現生人類の移動の起点だとされている。父系最古の遺伝子であるハプログループA (Y染色体)の分布もそれを示唆している。
 現在広範に支持されているのはアフリカ単一起源説である。ホモ・サピエンスは7万前にアフリカから外へ移住し始め(出アフリカ)、そのルートはアフリカ東部の突端であるいわゆるアフリカの角からアラビア半島を経由したものだと考えられている。
 Y染色体ハプログループの拡散と人種。褐色がネグロイド、青色がオーストラロイド、黄色がモンゴロイド、桃色がコーカソイド
 アフリカを出た現生人類はアラビア半島沿岸部を伝って現在のイラン付近に至り、そこを起点に、インドから東南アジア、オセアニア方面にむかう「南ルート」、中央アジアを経由してアルタイ山脈、東アジア、北アジア方面に向かう「北ルート」、中東、ヨーロッパに向かう「西ルート」の3方向に分かれた拡散した。人類のY染色体ハプログループ、ミトコンドリアDNAハプログループ、ピロリ菌および形質人類学的特徴もこの流れに対応しており、南ルートをとった集団がオーストラロイド、北ルートがモンゴロイド、西ルートがコーカソイド、非出アフリカがネグロイドということになる。

 Y染色体ハプログループの拡散と人種
 非出アフリカ(ネグロイド)…A(カポイド)、B(ネグリロ)、E(コンゴイド) 
 南ルート(オーストラロイド)…C1b3、F*、K*、MS、H、L  
 北ルート(モンゴロイド)…D1、C1a1、C2、N、O、Q 
 西ルート(コーカソイド)…C1a2、I、J、G、R、T

 日本列島旧石器時代人・縄文人のルーツ
 ハプログループDの移動想定経路
 形質人類学の分野では、化石人骨が比較的多く見つかっている北東アジアと日本列島の旧石器時代人との類似を指摘する研究が多い。一般に縄文人は寒冷適応する前の古モンゴロイドに属すと考えられている。
Y染色体の分析から、日本人は主にY染色体ハプログループD1a2の縄文系とハプログループO1b2の弥生系を起源とすることが明らかになった。ハプログループD系統は、現代アジアにおいて支配的なO系統やC2系統とは分岐から7万年以上、最も近縁であり同じYAP型であるE系統とも分岐から6.5万年前以上経った系統であり、日本列島外で高頻度で観察されるのはチベット人(D1a1)、アンダマン人(D1a3)くらいである。日本列島に固有にみられるハプログループD1a2はアイヌ人・沖縄人・本土日本人の3集団に多く見られるタイプであり、 アイヌ人の88%に見られることから、縄文人(古モンゴロイド)のタイプであると考えられている。(但し縄文人のハプログループがD1a2だけだった訳ではなくハプログループC1a1もあったことが知られているが、多数派として現在まで伝わったハプログループがD1a2だといえる)。日本固有のD1a2系統はその発生から3.5-3.7万年ほどたっているとされ、考古学から求められる日本列島に最初に現生人類集団が到来した時期と一致している。
 長らく縄文人の人骨よりY染色体ハプログループは分析されてこなかったが、北海道礼文島の船泊遺跡(縄文時代後期前葉から中葉(約3,800~3,500 年前))から出土した人骨・船泊5号のY染色体ハプログループがD1a2b1(D-CTS220)であることが判明した。これにより「ハプログループD1a2は縄文系である」という従来よりの仮説が完全に実証されたことになる。
 一方母系を辿ることができるミトコンドリアDNAハプログループの分析によっても縄文人のルーツの一角が解明され、日本固有のハプログループM7aや南方系と共通の遺伝子を持つハプログループBやFを持つことが知られている。また北海道の縄文人はハプログループN9bが最多でM7aは少なく、東北地方の縄文人も似た傾向を示している。このことから縄文人のルーツは一つではなく複数あったと考えられる。
 また、縄文人に関連する遺伝子として、ATLのレトロウイルス (HTVL-I) がある。日本人にはこのウイルスキャリアが多数存在することは知られていたが、東アジアの周辺諸国ではまったく見出されていない。いっぽうアメリカ先住民やアフリカ、ニューギニア先住民などでキャリアが多いという特徴をもつ。日本国内では、九州南部、長崎県、沖縄やアイヌに特に高頻度で見られ、四国南部、紀伊半島の南部、東北地方の太平洋側、隠岐五島列島などの僻地や離島に多い。九州、四国、東北の各地方におけるATLの好発地域を詳細に検討すると、周囲から隔絶され交通の不便だった小集落でキャリアは高率に温存されていることから、このウイルスのキャリア好発地域は、縄文系の人々が高密度で残存していることを示していると考えられる。

 新石器時代
 ウラル系民族の大移動
 ウラル語族、ユカギール語の分布
 サモエード語派 - SN:北部サモエード語群、SS:南部サモエード語群
 フィン・ウゴル語派 - FU:ウゴル諸語、FP:ペルム諸語、FW:ボルガ・フィン諸語、FS:サーミ語、FO:バルト・フィン諸語
 (J:ユカギール語)
 ウラル語族を話す民族は大きくサモエード系とフィン・ウゴル系に大別される。言語学的知見からは、サモエド祖語とフィン・ウゴル祖語の分岐年代はおよそ紀元前4000年ごろと考えられているが、分子人類学的知見からは、ウラル語族話者に関連する遺伝子としてY染色体ハプログループNがあげられる。ハプログループNは東アジア発祥と考えられ、ほとんどのウラル系民族で高頻度に観察される。中国北東部の遼河文明時代の人骨からY染色体ハプログループNが60%以上の高頻度で検出されており、フィン・ウゴル系民族と関連する櫛目文土器の最古のものが遼河地域の興隆窪文化(紀元前6200年-紀元前5400年)の遺跡で発見されていることを併せて考えれば、ウラル系民族の発祥の地は遼河文明であったことが示唆される。またmtDNAハプログループZは極北地域を中心にサーミ人、フィン人、シベリア、北東アジア、中央アジア、朝鮮、日本などで観察されており、Y染色体ハプログループNと同じような流れが想定され、ウラル語族の拡散との関連を示唆するものと考えられる。
 朝鮮半島では紀元前4000年から紀元前1500年にかけて櫛目文土器が発見される。さらにウラル語族に広く見られる中舌母音[ɨ]が古代朝鮮語に存在したと考えられることから、朝鮮民族の基層がウラル系民族である可能性がある。また日本の日本海側や東北地方に観察される中舌母音の[ɨ](いわゆるズーズー弁)についてもウラル語族の音声特徴に由来する可能性がある。
 なお、ウラル語族はユカギール語との間でウラル・ユカギール語族を形成するという説が有力である。両者は人称代名詞等が明らかに同源であり、否定動詞が存在するなど類型的特徴も類似している。ユカギール人はかつては西はバイカル湖まで分布していたといわれており、遼河・モンゴル付近でウラル語族と分岐し東方へ向かったと考えられる。ハプログループN (Y染色体)がユカギール人でも31%観察されることから遺伝子の面からも両者の同源性が示唆される。
 また、マイケル・ホーテスキューによって1998年に最初に提案されたウラル・シベリア語族も存在する。これはウラル語族、ユカギール語、チュクチ・カムチャツカ語族、エスキモー・アレウト語族が含まれるが、現段階では定説には至っていない。ただし、上記諸語族の話者にハプログループN (Y染色体)が高頻度で含まれていることから、ハプログループNに属す集団の流れを反映している可能性がある。
 金平譲司は、ウラル語-日本語同系説を提唱しており、ウラル語族の語彙が、日本語などの東アジア北部の言語に多く影響を及ぼしたとしている。

 オーストロネシアの展開
 オーストロネシア系民族の拡散。台湾からフィリピン、インドネシア、太平洋へと拡散した
 オーストロネシア祖族は東アジアのモンゴロイドで、約6000年前に中国南部、現在の福建省付近から台湾へ渡ったとされる。
 この時に一部のグループは黒潮対馬海流に乗って日本列島にも渡っており、特に沖縄県、鹿児島県、宮崎県や和歌山県南部、三重県、愛知県、静岡県南西部などに彼らの末裔が多いと言われている(隼人や南島系海人族)。HLAハプロタイプはB54-DR4がこの流れを示している。ちなみに日本語は文法がアルタイ諸語のものであるが、音韻体系はポリネシア語の属するオーストロネシア語族と共通している部分がある。
 いっぽうで台湾からは5000年前以降に一部がフィリピンやインドネシア方面へ拡散し、紀元前2000年頃にインドネシアスラウェシ島ボルネオ島に到達した。
 ボルネオ島の集団の一部はスンダ海峡を横断し、遠くマダガスカルへ達した。彼らは直接マダガスカル島まで航海した可能性が強く、この2つの島の間は4,500海里(8,300km)も離れているが、常に貿易風が追い風となる航海であるため、当時の東南アジア島嶼部の海民の技術レベルならば充分に現実的な航海である。
 スラウェシ島のグループはここからニューギニア島海岸部、メラネシアと東進し、その間にオーストラロイドの先住民(パプア人、メラネシア人)と混血し、ポリネシア人ミクロネシア人の始祖となる。彼らは紀元前1100年頃にはフィジー諸島に到達する。
現在、ポリネシアと呼ばれる地域への移住は紀元前950年頃からで、サモアやトンガからもラピタ人の土器が出土している。
 サモアに到達した時点 でポリネシア人の東への移住の動きは一旦止まるのだが、紀元1世紀頃から再び移動を開始し、ポリネシア人たちはエリス諸島やマルキーズ諸島、ソシエテ諸島にまず移住した。その後、ソシエテ諸島を中心に300年頃にイースター島、400年頃にハワイ諸島、1000年頃にクック諸島ニュージーランドに到達した。ポリネシア人の移住の動きはこれ以降は確認されていないのだが、ポリネシア人の主食のひとつであるサツマイモは南米原産であり、西洋人の来航前に既にポリネシア域内では広くサツマイモが栽培されていたため、古代ポリネシア人は南米までの航海を行っていたのではないかと推測されている。
 オーストロネシア系諸族の祖先は元々モンゴロイドであったが、移住先の東南アジアにおいて先住民のオーストラロイドを多分に混血している。特にメラネシアにおいては、オーストラロイド系メラネシア先住民が、後からやってきたオーストロネシア語族に言語交替を引き起こしたというほうが正確である。またマダガスカル人はアフリカ人(ネグロイド)と混血している。
 オーストロネシア系諸族に高頻度に見られる遺伝子として、Y染色体ハプログループO1aがあげられる。O1a系統は台湾先住民に66.3%[47]-89.6%[48]、ニアス島で100%など、東南アジアの半島、島嶼部、オセアニアにも高頻度であり、オーストロネシア語族との関連が想定される。またO2a2*系統(xO2a2b-M7, O2a2c1-M134) もオーストロネシア語族と関連しており、スマトラ島のトバ人に55.3%, トンガに41.7%, フィリピンに25.0%観察される。ポリネシア人などにはパプア・メラネシア先住民由来のC1b3、MS、K*なども観察される。
 mtDNAハプログループはハプログループB4a1aが関連している。

 稲作の伝播と人の移動
 稲作の起源は2017年現在、考古学的な調査と野生稲の約350系統のDNA解析の結果、約1万年前の中国長江流域の湖南省周辺地域と考えられている。長江流域にある草鞋山遺跡のプラント・オパール分析によれば、約6000年前にその地ではジャポニカ米が栽培されており、インディカ米の出現はずっと下るという。 中国では紀元前6000年から紀元前3000年までの栽培痕跡は黄河流域を北限とした地域に限られている。紀元前3000年以降山東半島先端部にまで分布した。
 日本では陸稲栽培の可能性を示すものとして岡山の朝寝鼻貝塚から約6000年前のプラント・オパールが見つかっており、また南溝手遺跡からは約3500年前の籾の痕がついた土器がみつかっている。水田稲作に関しては約2600年前の菜畑遺跡の水田跡がある。水田稲作の伝来経路としては『朝鮮半島経由説』『江南説(直接ルート)』『南方経由説』の3説があり、現在も議論が続いている。朝鮮半島では遼東半島で約3000年前の炭化米が見つかっているが、水田稲作に関しては約2500年前の水田跡が松菊里遺跡などで見つかっている。
 無文土器時代の開始は朝鮮における水稲作の開始時期とほぼ一致する。このことから、朝鮮に長江文明由来の水稲作をもたらした人々が、無文土器の担い手であった可能性が考えられる。崎谷満はY染色体ハプログループO1b(O1b1/O1b2)系統が長江文明の担い手だとしており、長江文明の衰退に伴い、O1b1および一部のO1b2は南下し、百越と呼ばれ、残りのO1b2は西方及び北方へと渡り、山東半島朝鮮半島、日本列島へ渡ったとしている 。このことから、朝鮮に無文土器をもたらした人々はO1b2系統に属していたことが考えられる。O1b2系統は現在の朝鮮民族に20~40%ほど観察されている。
 東南アジア、南アジアへは稲作は紀元前2500年以降に広まった。その担い手はオーストロネシア語族を話すハプログループO-M95 (Y染色体)に属する人々と考えられる。
 倭人(O1b2)はオーストロアジア語族(O1b1)と姉妹関係であり、日本語とオーストロアジア系カンボジア語の語彙類似性が高いとするデータとも符合する。また大野晋が唱える日本語タミル語起源説についても、タミル語の基層言語にオーストロアジア語族ムンダ語派が存在しており、O1b系統の集団が持っていた同源語彙が日本語や朝鮮語(O1b2)とタミル語(O1b1)に引き継がれたと考えられる。

 弥生人のルーツ
 弥生人に連なる東アジアのY染色体ハプログループと民族移動
 一般には、弥生人は中国から朝鮮半島山東半島を経て水稲栽培を日本にもたらした集団と考えられてきた。崎谷満によれば、日本に水稲栽培をもたらしたのはY染色体ハプログループO1b2に属す集団である。O1b2系統は、オーストロアジア語族の民族に高頻度にみられるO1b1系統の姉妹系統であり、満州朝鮮半島などの東アジア北東部に多く分布する。崎谷はO1b系統(O1b1/O1b2)はかつては長江文明の担い手であったが、長江文明の衰退に伴い、O1b1および一部のO1b2は南下し百越と呼ばれ、残りのO1b2は西方及び北方へと渡り、山東省、朝鮮半島、日本列島へ渡ったとしている。『翰苑』の『魏略』逸文などは、倭人は江南地方の呉の太伯(文王の伯父、紀元前12世紀頃の人とされる)の末裔を称したとしている。 しかしながら、長江流域や江南地方などの華南地域においてはO1b2系統はほとんど分布が確認されないため、弥生人の祖先が長江文明の担い手であったという説を疑問視する見方や、上記の説より遥か早期に北上したという見方もある。  土井ヶ浜遺跡の弥生人が北部モンゴロイドの特徴を持つことや、日本人にみられるミトコンドリアDNAハプログループやGm遺伝子が北方型であることなどから、弥生人の起源地を沿海州南部に求める見方もある。岡正雄の日本人起源説の「父系的、「ハラ」氏族的、畑作=狩猟民文化(北東アジア・ツングース方面)」、鳥居龍蔵説の「固有日本人(朝鮮半島を経由して、あるいは沿海州から来た北方系民族)」がこれに対応すると思われる。東アジア北東部にはハプログループO1b2が比較的高頻度に確認され、弥生時代に広くみられる刻目突帯文土器と似たタイプの土器が沿海州南西部のシニ・ガイ文化にもみられることから、近年ではこちらの説を推す声も多くなっている。
 また、日本人の約20%に見られるO2系統も弥生人に含まれていたと想定されるが、O1b2とO2はルーツが異なると思われ、その渡来時期、ルートなどの詳細はまだまだ不明な点も多い。O2はその後のヤマト王権の成立に前後する渡来人によるものだとする見方も強い。
 なお、渡来した弥生人単一民族ではなく複数の系統が存在するという説も主流である。
 「日本人#民族学」、「日本人#HLAハプロタイプの流れ」、および「騎馬民族征服王朝説」も参照
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 日本民族日本人は、男系父系Y染色体天皇神話を護ってきた。
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 日本列島に流れ着いた、漂着したY染色体集団は、日本神話、民族中心神話、天孫降臨神話、高天原神話として定着した。
 日本民族日本人の正統なY染色体は、一系統のみが神聖不可侵とされ、万世一系男系天皇家・皇室の中で大切に受け継がれ保護されてきた。
 混ざりけのない純粋なY染色体は、特殊な血統・血筋を正統とする特別な家系の皇統によって数万年あるいは数千年間、唯一無二の皇室として継承されてきた。
 そこには、混じりけをもたらすX染色体の女性天皇女系天皇、女系宮家は存在しない。
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 天皇家・皇室のY染色体は、弥生時代中頃から始まり、弥生時代後期に大王制度として確立し、奈良時代天皇制度として定まった。
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 男系父系Y染色体天皇制度とは、国内の如何なる争いを鎮め統一を守り維持し、中国や朝鮮のような混乱、戦乱そして大虐殺を起こさないようにする安全弁であった。
 地獄の様な中華(中国や朝鮮)の歴史を知る、蘇我氏藤原氏、源氏、足利氏、織田信長豊臣秀吉徳川家康ら強力な軍隊と莫大な富を持った政治権力者ら、空海最澄法然親鸞日蓮道元などカリスマ性の強い霊力を持ち大量の信徒を抱える強大な教団を持つ宗教権威者らは、その力で天皇に即位できたにもかかわず天皇に即位しなかった。
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 世界で日常茶飯事的に起きていた悲惨な大虐殺が日本で起きなかったのは、男系父系Y染色体天皇制度が神聖不可侵として存在していたからである。
 その意味で、日本民族日本人は万世一系男系天皇によって守られていたのである。
 それ故に、日本民族日本人は万世一系男系天皇を必要としてきた。
 何故か、日本民族日本人は日本人を信用していなかった。
 日本人とは、善人でもなく悪人であり、愚かで、浅はかで、醜く、悍ましい人間、嘘をつき、騙す、心穢れた卑しい人間である事を知っていた。
 2割の日本人は良い人間で、3割の日本人は悪い人間で、5割の日本人は良くもなければ悪くもないどうでもいいような人間である。
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 現代日本では、古臭い男系父系Y染色体文化神話を消滅させ、新たな女系母系X染色体人間物語を広めようとする動きが広まっている。
 日本国民の8割近くが、女性天皇女系天皇即位、女系宮家新設による女系母系X染色体人間物語への移行に賛成している。
 現代日本人は昔の日本人とは違う日本人である。
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