🗾58〕─1─日本に仏教やキリスト教が伝来する前の古代人。縄文人は未開の土人であった。~No.188No.189No.190No.191No.192 ㉗ 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。  
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 高度な文明を持つ教養ある中国人(大陸系漢族)・朝鮮人にとって、縄文系の日本民族アイヌ人・琉球人は教養がない野蛮な土人であった。
 古代では人権も人道も平等も公平もない為に、縄文系の日本民族アイヌ人・琉球人が中国人(大陸系漢族)・朝鮮人から軽蔑され差別され虐待を受けるのは仕方がなかった。 
 中国人(大陸系漢族)・朝鮮人は富と力を持った強者であり、縄文系の日本民族アイヌ人・琉球人は貧しく力のない弱者であった。
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 縄文人は、中国大陸や朝鮮半島の評価や評判を気にせず、他人を羨まず、妬まず、競わずありのままを受け入れ助け合った為に、相手を殺して奪う、殺し合い、戦争はなかった。
 縄文文化は自然のままで、中国文化や朝鮮文化の様な人間中心・欲得追求はなかった。
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 2020年12月4日号 週刊朝日帯津良一のナイス・エイジングのすすめ
 私の信仰心について
 ……
 広辞苑には『信仰』について『宗教活動の意識的側面をいい、神聖なものの(絶対者・神をも含む)に対する畏怖からよりは、新和の情から生ずると考えられ』とあります。まさに私に信仰心も新和の情なのです。それは実は、相手が仏陀(ぶっだ)であろうとイエス・キリストであろうと変わりません。
 民俗学で国文学者の折口信夫博士は、日本に仏教やキリスト教が伝来する前の『古代人』の心を探ろうとした人です。その折口博士の考え方を解説した本で次のような記述を見つけました。
 『人間の知覚も思想も想像も及ばない、徹底的に異質な領域が「ある」ことを、「古代人」は知っていた。(中略)すでに死者となった者やこれから生まれてくる生命の住処(すみか)である「あの世」また「他界」もまた、世界を構築する重要な半分であることを、「古代人」たちは信じて疑わなかったのである』(『古代から来た未来人 折口信夫中沢新一著、ちくまプリマー新書
 これは私の虚空に対する思いと同じです。私の信仰心は古代人のレベルなのかもしれません」
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 中沢新一 『古代から来た未来人 折口信夫』 
 ちくまプリマー新書 082 
 筑摩書房
 2008年5月10日 初版第1刷発行
 143p
 新書判 並装 カバー
 定価700円+税
 装幀: クラフト・エヴィング商會
 「古代を実感することを通して、
 日本人の心の奥底を開示した稀有な思想家折口信夫
 若い頃から彼の文章に惹かれてきた著者が、
 その未来的な思想を鮮やかに描き出す。」
 目次:
序文 奇跡のような学問
第一章 「古代人」の心を知る
 「いま」を生きられない人
 「古代」の広がりと深さ
 文字の奥を見通す眼
 姿を変化する「タマ」
 精霊ふゆる「ふゆ」
 文学も宗教も突き抜けた思考
第二章 「まれびと」の発見
 折口と柳田――「神」をめぐる視点
 「まれびと」論の原点
 「南洋」へのノスタルジー
 「あの世=生命の根源」への憬れ
第三章 芸能史という宝物庫
 芸能史を再構成した二人
 芸能者への奇妙な共感
 苛酷な旅からつかんだもの
 芸能とは「不穏」なものである
 不穏だからこそ「芸能」を愛す
〈コラム〉 大阪人折口信夫
第四章 未来で待つ人
 とびきりの新しさ
 死霊は踊る
 「あの世」への扉が開かれるとき
 高野山二上山とを結ぶ線
 「日本」を超え「人類」を見る眼
第五章 大いなる転回
 キリスト教との対話
 未成立の宗教
 「神道の宗教化」という主題
 超宗教としての神道
第六章 心の未来のための設計図
 神道の新しい方向
 ムスビの神
 三位一体の構造
 折口のヴィジョン
あとがき

◆本書より◆
第一章より:
 「いつの時代にも、自分がほんとうに生きるべきなのは今の時代ではなく、今よりもずっと古い時代なのではないか、と考えつづける人たちがいる。今の人たちが考えたり語り合ったりしていることに対しては、どうしてかあまり共感をいだくことができないのに、ずっと昔の人たちの思考やことばのなかには、たいした予備知識もないのにすっと入り込んでいくことができ、(中略)しかも心が打ち震(ふる)えるほど深い共感をおぼえる、というタイプの人たちである。古い時代の記憶(きおく)が、遠く時間を隔(へだ)てた今の人の心に、間歇泉(かんけつせん)のようによみがえってくるのだ。」
 「折口信夫は、自分にあたえられたこの性向を宿命と感じて、この不思議な心的メカニズムを、全人生をかけて一種の巨大(きょだい)な学問にまで成長させた。(中略)彼自身がひとりの「古代人」であったればこそ、奇跡のような学問がつくれたのである。」
 「折口信夫は人間の思考能力を、「別化性能」と「類化性能」のふたつに分けて考えている。ものごとの違いを見抜く能力が「別化性能」であり、一見するとまるで違っているように見えるもののあいだに類似性や共通性を発見するのが「類化性能」であり、折口自身は自分は「類化性能」がとても発達していると語っていた。この言い方をとおして、彼は「古代人」の思考の特徴(とくちょう)をしめそうとしていた。近代人は「別化性能」を異常に発達させた。(中略)ところが、「古代人」たちの精神生活は、「類化性能」を存分に生かしながらかたちづくられていた。「類化性能」とは、いまの言い方をすれば「アナロジー」のことであり、詩のことばなどが活用する「比喩(ひゆ)」の能力が、それにあたる。ひとつのものごとを別のものと重ね合わすことによって、意味を発生させるやりかたである。この能力が発揮されると、音や形や意味やイメージのあいだにある「類似=どこか似ている」という感覚をもとにして、ふつうなら離(はな)れたところに分離(ぶんり)されてあるようなものごと同士が、ひとつに結びあわされて、新しいイメージをつくりだしていくようになる。」
 「折口信夫の考える「古代人」はこのようなアナロジーの思考法を駆使して、神羅万象を「象徴の森」で覆(おお)いつくそうとしたのである。」
 「同時代の西欧(せいおう)で進められていた先端的(せんたんてき)な人類学や宗教学や考古学の研究についても、折口信夫はとてもゆたかな知識を持っていたので、日本人が「タマ」と呼んでいた霊力が、ポリネシアの人たちが森に住む精霊のもつ力をあらわす「マナ」という霊力や、アメリカ先住民が真冬の祭りをとおして増殖(ぞうしょく)させることができると考えていた霊力などとも、同じ「古代人」の考えをしめすものであることに、早くから気がついていた。」
 「冬の期間に「古代人」は、狭(せま)い室(むろ)のような場所にお籠(こ)もりをして、霊をふやすための儀礼をおこなっていた、だからその季節の名称(めいしょう)は「ふゆ」なのである。人々がお籠もりをしている場所に、さまざまなかたちをした精霊がつぎつぎに出現してくる。このとき、精霊は「鬼(おに)」のすがたをとることが多かった。その精霊のあらわれを、折口信夫は長野と愛知と静岡(しずおか)の県境地帯の村々で、「花祭」や「冬祭」「霜月祭」などの名称ではなやかに続けられていた祭りのなかに、はっきりと見いだしたのである。」
第二章より:
 「折口は神観念のおおもとにあるのは、共同体の「外」からやってきて、共同体になにか強烈(きょうれつ)に異質な体験をもたらす精霊の活動であるにちがいない、と考えたのである。柳田国男が共同体に同質な一体感をもたらす霊を求めていたのにたいして、折口信夫は共同体に異質な体験を持ち込(こ)む精霊を、探し出そうとしていた。そこから折口の「まれびと」の思想は、生まれたのだった。
 神についての折口のこういう考え方は、彼(かれ)が研究を展開したすべての領域のおとにおよんでいる。折口の考えでは、文学も宗教も、みんなが同質なことを考え体験しているような共同体の「内」からは、けっして生まれないのである。人の心が共同体の「外」からやってくる、どこか異質な体験に触(ふ)れたとき、はじめて文学や芸能や宗教が発生してくるというのである。」
 「折口信夫が、人間の心の奥で働いている「類化性能」というものを、文学や宗教の発生を考える場合にとても重要なものだと考えていたことは、前章でお話ししたとおりである。」
 「異質なものを重ね合わせると、新鮮(しんせん)なイメージが発生できる。」
 「近年南九州で、きわめて初期の縄文土器がつぎつぎと発見されている。高度な新石器型文化をもった人々が、島づたいの航海をして、この列島にたどりついた。一万数千年前のことである。その頃は、いまのインドネシア海域の島々は、スンダランドという巨大(きょだい)な大陸の一部だった。その大陸は氷河期のあと、大部分が海中に没(ぼっ)してしまったが、そのスンダランドを中心として、南方世界に高度な新石器文化が栄えていた。その地域から、フィリピン諸島と台湾を伝って、いくつものグループが日本列島に渡ってきて、縄文文化の基礎(きそ)を築いたということが知られている。つまり、折口信夫の言う「古代人」は、南方の海洋世界を自分たちの「魂のふるさと」としているのだ。
 折口信夫の考えでは、このような民族的な集合記憶が、なんらかの手段をつうじて、現代のわたしたち日本人の「魂」のうちに貯蔵され、長い休眠(きゅうみん)期間に入っていたのだが、それがふとしたきっかけで、間歇泉(かんけつせん)のように、折口信夫という近代人の心にほとばしり出たのである。しかもそれは「妣が国」と呼ばれているように、母親の系統をつうじて伝えられる、一種の遺伝情報である。(中略)母親の系統は無意識の記憶のなかに貯蔵されて、文化よりもはるかに遠い時代までも、自分を伝えていくことができる。
 「妣が国」はその意味では、「失われた時」の別名でもある。折口信夫は「まれびと」の思想を着想しながら、この「失われた時」を必死で取り戻(もど)そうとしていたのではないか。」
「第三章」より:
 「彼には少年時代から独特の「貴種流離(きしゅりゅうり)」の感覚が強かったという。いまの世ではすっかり落ちぶれてしまっているが、じつはその昔は貴い系譜(けいふ)につながっている人々が、地方を流浪(るろう)していくという物語などに語られた、奇妙な感覚である。後年折口信夫はそこで言われている「貴い」ということばを、古代の精霊と深い交わりをもっていた「古代人」の末裔(まつえい)たちの生き方考え方、という意味で理解しようとした。そして、自分自身もまた、いまの世ではすっかり落ちぶれた「古代人」の一人として、精霊との交わりを保ちながら、どことなく異邦人(いほうじん)のような感受性をもって、近代の日本で生きてやろうと考えていたのである。
 じっさい、芸人や職人たち自身が、自分たちのことを「貴種流離」的な存在だと見なそうとしていた。遠い昔は皇族や貴族の一員であった者が、政争に敗れたり病に冒(おか)されたりして、都を追われて遠い鄙(ひな)に流浪して、その地で芸能や技芸をもって生計を立て、その子孫がじつは自分たちなのである、という内容を書き記した文書を、多くの芸人や職人たちが所持していた。いまの世では零落(れいらく)しているが、本当は自分たちこそがもっとも神聖な領域に近いといころに生きている人なのであるという主張が、そこにはこめられている。」
 「「この世」の現実とはまったく違う構造をした「あの世」の時空との間に、つかの間の通路を開いて、そこからなにものかが出現し、また去っていき、通路は再び閉ざされる。その瞬間(しゅんかん)の出来事を表現したものが「翁」である。「古代人」は自分たちが健やかに生きていけるためには、ときどきこのような通路が開かれ、そこを伝って霊力が「この世」に流れ込んでこなければならないと、考えていた。」
 「芸人はそのような精霊を演じているわけだから、とうぜん一瞬開かれた通路から流れ込んでくる「あの世」からの息吹に、触れていることになる。「あの世」には恐(おそ)るべき力がみなぎっている。現実の世界ではかろうじて抑(おさ)えられていた力が、死によって解放されると、その力は「あの世」に戻(もど)っていく。だから、(中略)ニライカナイという「あの世」には、死者の霊が戻っていこうとするばかりではなく、未来に生まれてくるはずの未発の生命力が蓄(たくわ)えられている、という考えも生まれる。芸能者は、このように死と生命とに直(じか)に触れながら、ふたつの領域を行ったり来たりできる存在なのである。」
 「だから、彼らはふつうの人たちとは違う、聖なる徴(しるし)を負っている人々として、共同体の「外」からやってくる、「まれびと」としての性質を持つことになったのだ。」
 「世の中がしだいに合理化されていくと、芸能がよってたっているような「野生の思考」は、どんどん理解されなくなってくるだろう。芸能は生と死を一体のものとして考える「古代人」の思考そのままに生きようとしてきた。芸能者は、病気や死や血や腐敗(ふはい)の領域に触れながらそれを若々しい生命に転換する奇跡(きせき)をおこそうとする芸能というものに、われとわが身を捧(ささ)げてきた。
 芸能史を研究するとは、こういう人々の生き方と感性を、自分の身に引き受けようとする行為(こうい)にほかならない、と折口は感じていたのである。彼は近代の社会のなかで、自らすすんで没落(ぼつらく)していくものと同化しようとしていた、と言えるかも知れない。折口信夫が切り開いた芸能史という新しい学問には、このようにどこか不穏なものがはらまれている。」
 「「ごろつき」や「無頼漢(ぶらいかん)」などということばにも、折口信夫は敏感(びんかん)な反応(はんのう)をしめしている。いまの社会では、とかく負のイメージを負わされている「ごろつき」たちに、彼は共感にみちた眼差(まなざ)しを注ぐのである。(中略)折口によれば彼らは古代的な「まれびと」の思考を生き続けていた、寺社の神人や童子と呼ばれる下級宗教者の末裔として、広い意味での「貴種」に属する人々なのだ。
 彼らはもともと共同体の生き方を好まない。共同体は人々の間に同質性を求める。それによって、共同体の内と外を見分け、微妙(びみょう)なやり方で異質なものを外に押し出してしまおうとしている。しかし、「まれびと」の思想は、そういう共同体に「外」から異質なものを結びつけ、共同体の人間だけでできた世界に、動物や植物や非人間的なものを導き入れようとしてきたのである。神人や童子のような宗教者は、人間と人間ならざるものとの境界を生きようとする人々として、自分自身が異質な力の集合体になってしまおうという、共同体から見たらまことに不穏な生き方を選ぶことが多かった。
 こういう人々は、精霊の息吹に直に触れているからこそ、「ごろつき」のような生き方、「無頼漢」としての生き方をすることになったのだ。」
 「あらゆる芸能が、本質においてはみな怪物(かいぶつ)(モンスター)なのである。折口信夫は怪物としての芸能を誉(ほ)めたたえ、怪物だからこそ好きだと語り続けた。折口の学問の精神をよみがえらせることによって、わたしは日本の芸能をふたたび怪物として生まれ変わらせたいと、願っている。」
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 古代の中国発祥儒教道教、インド発祥仏教、近代の西洋由来キリスト教マルクス主義に毒される前の日本民族は、琉球人やアイヌ人と同じ縄文系で、西方草原の民の子孫である中国人や朝鮮人・韓国人とは異質な人間であった。
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 南方系海洋民の子孫である縄文人は、日本列島を中心に、南は琉球、北は蝦夷地(北海道)・南樺太北方領土4島・千島列島、西は朝鮮半島南半分に広く住み、日本海(縄文の海)を手漕ぎ丸木舟で行き来していた。
 北の縄文人は、海を渡って北米大陸・アラスカにまで行っていた。
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古代から来た未来人 折口信夫 (ちくまプリマー新書)
増補改訂 アースダイバー