🗾46〕─1─日本のいじめは弥生時代から始まった。日本文化は引き籠もり文化。~No.136No.137 ⑱ 

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 2021年1月号 WiLL「野口均の今月この一冊
 『いじめとひきこもりの人類史』 正高信男 著
 猿にもいじめがあるという。だがそれは餌付(えづ)けされたニホンザルの群れに見られるだけで、野生の群れはないそうだ。著者は霊長類学および発達心理学者。いじめの起源は人類が定住生活を始めた頃にまでさかのぼるという。なぜ定住生活になるといじめが始まるのか?
 一定の集団が定住すると、その地域の資源を占有することになる。近年の研究から定住は狩猟採集生活をしていたころにすでに始まっていたとされ、三内丸山遺跡など、食料の備蓄があったことも明らかとなっている。備蓄した食料は自分たちのもの。すなわち『自分たち』と『自分たちでないもの』を明確に区別せざるをえなくなる。こうして定住化は共同体に発展し、その共同体を維持するために共同体意識と排他主義を生む。共同体意識を維持促進するためには『共同体の成員だけが、あることに価値を見出し、それを信奉することを介してまとまる』力が働くとし、その典型が信仰だという。さらに共同体の求心力を一定以上を保っておくためには、常に自分たちの『敵』を想定し、意識しておくことが必要になる。これは、韓国の絶えざる反日運動をみれば明らかだ。
 では、この原理がなぜいじめにまで発展するのか。
 定住生活が軌道に乗ると集団の規模が大きくなる。人数が多い方が採集、漁労、農耕のいずれにしても効率がよく、生活が安定する。だが人間の集団は150名を超えると、軋轢が生じて組織がうまく回らなくなるという。これはロビン・ダンバーという霊長類学者が解明した理論で『ダンバー数』というそうだ。
 共同体内で不和が生じるということは内部に敵ができてしまうということだ。そこで内部の敵を排除するために、古代ギリシャでは年に一度の『陶片追放』のようなシステムが生まれた。そこまで制度化されると、いっそ清々しいような気もするが、要するに大昔からいじめはあったということである。
 そして現代のいじめはもっと精緻(せいち)になっている。以下、著者の分析を簡単に要約するとこうなる。
 ちょうっとした行き違いや誤解が原因でAがBを攻撃したとする。このトラブルが素早く修復されれば問題ないが、そうなる前に攻撃者が仲間を得て『いじめ関係』が集団内で定着したとする。するとこの『いじめ関係』は、当事者間のトラブルから集団内のイベントになり、加担者と傍観者が生まれる。傍観者には面白がっている者や嫌だと思いながら黙っている者などが含まれるが、この傍観者が加害者たちにとってはアピールする観客となる。また加害者同士も積極的に被害者を攻撃することで連帯感が強まり、高揚感が得られる。逆に攻撃を弱めたりすると加害者仲間への裏切りと受け取られかねないので、攻撃はエスカレートしていく。現代社会は、いじめにあうと逃げ場がない。その結果、子供も大人もひきこもりが増える・・・。
 以上、ここまではまるで救いがないようだが、著者はひきこもりの代表として良寛鴨長明吉田兼好をあげ、日本文化はひきこもりとの相性がいいとし、ポストコロナの時代に向け、ひきこもり生活の効用を見直すべきだという。なお、紹介しきれなかったが、餌付けされたニホンザルの群れのいじめのメカニズムの分析も面白い。」
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