🗾23〕─2・C─2千年前のシベリアは暴力時代。シベリア民族誌、日本人の起源と山の神信仰。土偶の謎。~No.71 

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 2千年前のシベリアに暴力の時代、犠牲者の遺骨が続々出土
 「これほど暴力にまみれた民族の遺骨を見たことはありません」と研究者
 2020.09.26
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 縄文人の祭祀は、民族中心神話、神社神道、正統男系父系天皇が主宰する私的行為の宮中祭祀に、跡絶える事なく脈々と正しく受け継がれている。
 それ故に、現天皇家・皇室の大本は血の神話と宗教祭祀で縄文時代に繋がっている。
 縄文時代の宗教祭祀は、日本民族以外に琉球民族アイヌ民族にも濃く受け継がれているが、中国大陸の漢族中国人や朝鮮半島の韓国人・朝鮮人には薄い。
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 日本民族の血の中には、シベリアやモンゴルでの熾烈な生存競争に負けて逃げてきた人々の血が混じっている。
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 2021年7月29日号 週刊文春「文春図書館 私の読書日記
 吉本隆明、『山の神』、土偶
 鹿島明
 ×月×日
 吉本隆明の『共同幻想論』の読み直しを初めて早3年。吉本は事実認識のレベルでの誤りはあっても、最も根源的なところでは『ほぼ正解』を出している気がするが、その吉本が『対幻想論』でこんな大胆な仮説を披露している。すなわち、狩猟採取と初期農耕の時代には人間と植物の再生産・生成過程は同一視され、対幻想は子を産む女性に集中されていたがゆえに共同幻想と対幻想も同一視されていた。しかし、穀物栽培導入に伴って、植物と人間の再生産・生成過程が『ちがう』と認識されると、共同幻想と対幻想との『ちがい』も意識化され、対幻想そのものが時間性の根源になったのだ、と。これをパラフレーズすると、穀物農耕開始以前にはセックスと出産が論理的に結びついていなかったので、人間と植物の再生産・生成過程は同一視されていたが、本格農耕開始で同一視が破られたことにより、初めてセックスと出産が結びつき、対幻想そのものが独自の時間性をもつ幻想へと変化したということになる。本当かしら?にわかには信じられない仮説だが、吉本の詩人的直感は侮れないので、実証的に検証してみなければならない。
 ということで手に取ったのが荻原眞子『いのちの原点「ウマイ」──シベリア狩猟民文化の生命観』(藤原書店 2600円+税)。17世紀、モンゴルの軛(くびき)を断ち切って民族的自立を果たしたロシアはコサックを先頭に毛皮を求めてシベリア進出を試み、ついにピョートル大帝のもと大規模な学術探検隊が組織されたが、探検隊はシベリア各地でウラル・アルタイ語系の狩猟採集民の諸民族と出会い、綿密な民族誌を残した。日本の人類学は戦前こそ満蒙進出を企てたが、戦後はアメリカ人類学や構造人類学の影響か一転して興味を失い、ロシアの図書館や大学に膨大な民族誌が研究されることはなかった。上智でロシア語を習得し、東大大学院で文化人類学を学んだ著者はモスクワ留学中にこれら民族誌と遭遇し、以後、アイヌ文化との関連を意識しつつ、シベリア狩猟民の生命観を中心に研究を行ってきた。本書はその集大成である。
 アルタイ語系の一部であるトゥングース語系の民族では霊魂が自然と動物の身体の間を循環することで生命が生まれると考えられているが、子供の霊魂も同じであり、山や樹木などの大地母神から女性の体に降りてくるとされる。シャマンとはこの霊魂の仲立ちができる人で、媒介として鳥や動物などの補助霊の力を借りる。またこうした生命観で特権的なのが山岳で、柳田国男が日本で見つけた『山の神』信仰はシベリアに偏在する。アルタイ地方の父系氏族の狩猟民においては他の氏族から嫁入りしてきた女性は聖山儀礼には参加できないというタブーがある。ゆえに聖山は男性神と思われるが、いっぽう、トゥングース系、南シベリアや内モンゴル、中央ユーラシアの民族には言語的には女性器や母胎を意味するウマイ、ウメ、ウマという言葉があり、出産と子供の生育を見守る母神として信仰されている。このウマイは鳥や樹木や山から生命の源として降りてうる山の神でもあつ。そうなると、柳田国男が提起した『山の神』が女性神である謎が解ける。すなわち、日本列島にも先史時代に渡来した狩猟民の遠い祖先の一部はこうした『山の神』としての母神ウマイを信仰して南シベリアや内モンゴルの人々だったのである。『稲作と稲作文化の広がりによって、山という自然界が狩猟民の世界であったことが遠い過去に押しやられ、山の女神はいつしか忘れ去られてしまった。大地が田畑として開墾され、田の神は刈り入れがすむと「山へ帰って山の神」となり、正月にはまた田に降りるという、田の神の不可解な行状(?)の依って来たった遠因はここにある』
 シベリアの民族誌の再発見により、日本人の起源に新しい光を当てた労作である。る
 ×月×日
 豊饒神である山の神がウマイだとすると、穀物農耕以前の対幻想はセックスを伴わない出産のみだったとする吉本説はかなり有力になったが、これを補強するように思われる新刊が竹倉史人『土偶を読む 130年間解かれなかった縄文神話の謎』(晶文社 1700円+税)。著者が冒頭で触れているように、土偶の謎は邪馬台国論争と並び、素人の参入すホットな話題で、土偶の謎を解いたという人はたくさん現れるが、土偶が具体的に何を表象しているのかという最も肝心な問題はいまだ未解決のままである。しかるに、著者はこう宣言している。『そこで私は宣言したい。──ついに土偶の正体を解明しました、と。結論から言おう。土偶縄文人の姿をかたどっているのでも、妊娠女性でも地母神でもない。〈植物〉の姿をかたどっているのである。それもただの植物ではない。縄文人の生命を育んでいた主要な食用植物たちが土偶のモチーフに選ばれている』。といっても、その食用植物には、縄文人にとって『採集』すべき植物と認識されたということで、種明かしすれば、『水のある森』であるところの海で採集された貝類も含まれる。肝心なのは、土偶はデフォルメでも抽象でもなく、目の前にある食べ物、すなわち、縄文人が採集していた本格農耕以前の食べ物をそのまま写し取ったものであるにもかかわず、その食べ物に手足がついていたのでだれも気づかなかったという点である。着想のもとになったのは、『縄文人においては植物利用にともなう儀礼が行われていたことは間違いないのであるが、なぜ縄文遺跡からは植物霊祭祀が継続的に行われた痕跡がまったくといっていいほど発見されていないのである。一方、それとは対照的に、動物霊の祭祀を行ったと思われる痕跡は多数見つかっている』。ということはなにを意味するのか?植物霊祭祀の痕跡は見つかっているのに、『われわれがそれに気づいていないだけ』なのではないか?そう、土偶が植物霊祭祀の痕跡だったのである。
 だが、推論は的を射ているとしても、問題はどうやってこれを証明するのかだ。著者が採用したのはイコノロジー的方法(つまり形象の類似)と考古学的な統計データによる方法である。つまり、土偶と似ている縄文時代の食用植物を考古学的に探索することである。具体的に見てみよう。まず『ハート形土偶』だが、著者はこれをイコノロジー的に分析したあと、長野の山中で見つけたオニグルミの殻を2つに割った形象ではないかと当たりをつける。事実、縄文遺跡におけるオニグルミとハート形土偶の出土分布はぴったりと重なっている。しかし、1つの例だけでは帰納はできない。かくて合掌土偶と中空土偶の検証に入り、イコノロジー的考察からクリの実ではないかと推定され、考古学的にも合格が出されるが、まだこれでもサンプルがたりない。そこで今度は頭部が三角形の椎塚土偶が何に似ているか調べることになるが、該当するような植物が見つからない。そこで現地に出かけて『縄文脳インストール作戦』を敢行したところ近くに貝塚があり、『椎塚土偶はハマグリをかたどった土偶だった』と判明する。貝もまた縄文人にとっては採集すべき植物だったのである。この調子で同定作業が進み、ついには土偶の華である遮光器土偶サトイモの形象であったと結論される。
 考古学者からの反論が予想されるが、私には『ほぼ正解』のように思える。ひとことでいえば偉大なる発見なのである。しかし、本書は設定した3つのテーマ『①土偶は何をかたどっているのか(what)②なぜ造られたのか(why)③どのように使われたのか(how)』のうち①しか答えていない。吉本説の検証には②とりわけ土偶の多くが女性的特徴をもっている理由の解明が必要である。次作が待ち遠しい。」
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 齋藤君子
 ヤランガに雁のとまる時 北方民族の語り4~シベリア先住民族八百万の神
 はじめに
 「日本には自然界のありとあらゆる場所に神々が宿るとする信仰があり、人びとは自然と調和して生きてきた」とはよく耳にする言葉である。しかし、ヨーロッパでもキリスト教が普及する以前はさまざまな精霊たちが活躍していたし、キリスト教を受容して以降も森の奥や水辺には精霊たちがひっそりと生きている。ニ一世紀の現在も、精霊の存在を信じている人は珍しくない。ロシアでもそうである。
 ましてウラル山脈を越えたシベリアの地では、いたるところに八百万の神々の息づかいが感じられる。ツンドラやタイガはもちろんのこと、博物館や学校のような近代的建物にさえ、さまざまな精霊たちがいる。だから人びとは川を往来するとき、深い淵に差し掛かると、必ずボートを止めて川の主にささやかな捧げものをする。森に入れば、森の精霊たちを驚かせないように気を配り、大木の根元に刻みタバコや食べ物を置いて祈りを捧げる。こうしてシベリアの人たちは自然界の精霊たちと良い関係を保つよう努めてきた。
 ところが近年、シベリアの大地は機械文明によって容赦なく蹂躙され、深刻な状況に追い込まれている。石油、ガス、金属など天然資源の豊富なシベリアの大地はあちこち掘削され、動物たちの住処は敷設されたパイプラインによって寸断され、自由な行き来が妨げられている。森林の伐採が進んで川の水位が下がり、川を主要な交通手段として利用してきた猟師たちの往来を困難にしている。狩猟、漁摺、トナカイ飼育といった伝統的な生活スタイルを維持することは、もはやきわめて難しい。
 カズィム村の訪問
 2013年の夏、西シベリアのハンテ民族が住むカズィム村を訪ねたとき、出会った男性たちがみな、憂いに満ちた、寂し気な表情を漂わせているのを見てどきっとしたことがある。この村ではエネルギッシュな男たちはすでに伝統的な生活を捨て、都会へ出て石油関連の会社などで働いている。村に残ったのは猟師やトナカイ飼育者としての誇りを捨てきれず、ツンドラで生きていくことを選んだ男たちである。なかには一度村を出たものの、都会の生活に馴染めず村に舞い戻った人もいる。そんな彼らこそ、伝統文化の貴重な担い手であり、シベリアの口承文芸を訪ね歩く私たちのたいせつなインフォーマントなのだが、彼らの末来を考えると掛ける言葉が見つからない。だからなおのこと、彼らの口から森の中で体験した不思議な出来事がポロリと飛び出したときは感激する。
 アムール川流域の精霊
 だが、外からやって来た人間がこうした機会に恵まれることはそう多くない。なぜなら本来、この種の話は門外不出とされてきたからである。アムール川流域のナーナイ民族では、自然界の精霊と出会った不思議な体験は身内以外の人間にしゃべってはならないとされてきた。このタブーを破ると、さまざまな災厄が降りかかるからだ。だからこういう話をするのは、若い世代に霊と遭遇した時の対処方法を教えるときに限られる。よそ者には口外しないので、研究者が聞き取りをすることは難しい。そういう話が聞けるのは主に地元の子どもたちなのだ。聖なる物語とされてきた英雄叙事詩も本来はよそ者には語らなかった。
 ナーナイ民族の暮らすアムール川流域では、水中にはプイムールが住み、森にはカルガマが住んでいるとされてきた。プイムールは水の精で、巨大なナマズやワニの姿をしていて、口から火炎を吐き、草原を焼き払う。プイムールは乾いた場所に上がると力を失うとも言われ、日本の河童とつながるところがあり興味深い。カルガマは猟師の守り神的存在で、獣の毛や爪が入った袋を腰に下げているという。その袋を猟師が手に入れると、福が授かるそうだ。その一方、カルガマは人間の女や子供をさらっていくこともあり、善悪両面を併せ持つ存在である。カルガマにさらわれた女が水汲みに出たところを捜索隊のヘリコプターに発見され、救出されたという話が1996年に記録されている。地元の子どもたちがこうした貴重な話を聞き取り、記録に残す活動をしていることは、消滅の危機に瀕していると言われてきたシベリア少数民族の伝統文化にとって、一筋の光である。
 サハリンや沿海州ではかつてこの地に住んでいた日本人にまつわる怪異謬が実話として語られている。そこに登場するのはロシア革命後のシベリア出兵や第二次世界大戦時に当地へ渡った日本人たちであり、歴史の表舞台からはけっして知りえない、悲惨な出来事を我々に伝えてくれている。
 ソビエト時代には自然界の精霊や死者の霊にまつわる話は無知蒙昧な迷信であり、遅れた思想であるとされて排斥されてきたが、この種の話にこそ、シベリアの繊細な自然の中で生きてきた人びとの知恵が詰まっており、彼らの心が投影されていると私は考えている。日本では近代化の波の中で山の神や山姥、天狗や河童が姿を見せなくなり、それと時を同じくしてニホンオオカミニホンカワウソなどの貴重な動物が姿を消した。世界情勢はどこを見てもキナ臭い。この先、我々人間が過去の愚かしい過ちを繰り返さないために、豊かな語りの世界を復活させ、後世に手渡すことのたいせつさを痛感する。
 ※「ヤランガに雁のとまる時」は、北方民族の口承文芸とその背景にある自然・社会・文化について紹介するコーナーです。
 (初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌 Arctic Circle 106/2018.3.15)
 北方民族の語り1 ~ シベリア先住民族口承文芸
 北方民族の語り2 ~ シベリアの「猿蟹合戦」
 北方民族の語り3 ~ シベリアの「かちかち山」
 北方民族の語り5 ~ 語りをするとき
 北方民族の語り6 ~ ふしぎの世界
 北方民族の語り7 ~ 食文化
 2020.4.24
 北海道立北方民族博物館 〒093-0042 北海道網走市字潮見309-1 電話0152-45-3888 FAX0152-45-3889
 Hokkaido Museum of Northern Peoples   309-1 Shiomi, Abashiri, Hokkaido 093-0042 JAPAN FAX+81-152-45-3889
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いのちの原点「ウマイ」 〔シベリア狩猟民文化の生命観〕
英雄叙事詩: アイヌ・日本からユーラシアへ (伝承文学比較双書)
シベリア神話の旅
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 モンゴル草原には、血を根拠(血筋)とする草原の民・遊牧民族が数多くの部族・氏族集団を形成して点在し、その中の1つであるモンゴル民族は独自の大陸系山岳信仰(聖なるの山・ブルカン岳、)・チベット系モンゴル仏教(シャーマニズム仏教)・蒼い狼神話を持っていた。
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 農耕民族である中国・朝鮮では、儒教価値観に拠る、皇帝・領主・地主への公・忠より血縁内だけの私・孝を優先する一族・家族中心の宗族主義が支配していた。
 さらに、朝鮮には排他的差別的純血主義が存在していた。
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 縄文人は、南方海洋民の子孫として漁労採集民であったが、西方(モンゴル)北方(シベリア)から渡って来た人々と乱婚して大陸式狩猟を教わり、大陸から逃げてきた・逃亡してきた弥生系渡来人と雑婚し混血化し雑種度を強め、彼らから稲・麦・雑穀栽培などの農耕技術を教わって農業を始めた。
 日本には、純血種は存在しないし、単一民族という純血主義や選民主義などもない。
 縄文人は、取り立てて賢くもなければ優秀でもなく、誇れるような特殊能力はなく、特別の技能や技術も持ってはいなかった。
 卑下する事もないが、ありきたりな平凡な人間であった。
 平和的で個性豊かな貧しい縄文人は、大陸から流れ込む人、物・技術、宗教、文化、言語、思想・哲学、習慣・風習を全て受け入れて富を築き豊かになり、傲慢と強欲さを膨らます個性が乏しい弥生人に変貌し、戦争の弥生社会(弥生の大乱時代)を造り上げていった。
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