🗻133〕─1─室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界。~No.345 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2021年9月9日号 週刊文春「文春図書館
 著者は語る
 『室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界』 新潮社
 清水克行
 自由で、凶暴で、寛容!?破天荒な中世人
 『おまえのカアちゃん、でべそ!』
 この子供同士が使う悪口には、素朴な疑問が浮かぶ。なぜ相手の母親のでべそを指摘するのが悪口なのか。なぜ発言者は相手の母がでべそであることを知っているのか。この言葉のルーツは、鎌倉時代の『母開(ははつび)』という悪口にあった。そこに秘められた、卑猥で強烈な意味とは──。
 『室町は今日もハードボイルド』は室町時代ブームを牽引してきた歴史学者の清水克行さんによる歴史エッセイだ。身の回りや時事的な話題を枕に、逞しく生きる中世人の驚愕の言動を次々と明らかにしていく。
 『最近、和を尊ぶはずの日本人による、SNSでの激しい誹謗中傷が問題視されていますが、自力救済の世界にあった中世人は、悪口で激しく相手を罵って自己の利益を守ろうとした。本質は変わらない。私たちの日常が意外と歴史に繋がっていることを感じてもらえると思います』
 描かれるのは、自らの命と利益を守るためには戦うことが当たり前、奪われたら奪い返す。奪われていなくても奪う。実にアナーキーで混沌とした自力救済の世だ。たとえば、外に愛人ができて夫に捨てられた妻は、夫を奪った女の家を集団で襲い、時にはその女の命さえ奪う(うわなり打ち)。少女を連れ去った人買いは、『人を買ったら再び返さないのが、俺たちの法だ』と臆面(おくめん)もなく主張する。
 『どんな時代にもおかしな事件は起きるものですが、室町時代はそれが慣習として受け入れられていました。現代の感覚では、不倫は許される行為ではないにせよ、うわなり打ちはさすがにやりすぎ。しかし、中世人は無理もない。と理解していたのです。今日では絶対悪の人身売買にしても、死ぬよりはマシだと身売りする人もいたかもしれない。いわばセーフティーネットの機能もあったのです。また、飢餓のときに買った子どもを働けるまで養育したのに、買い戻されては投資が無駄になる、という人買いなりの法=正当性もありました。様々な場面で固有のルールが認められていて、時にそれがぶつかり合う時代だったのです』
 つまり、統一されたルールや規格は存在しない。年貢米を量る枡(ます)の大きさは地域で違っていたし、いまなら幹線道路の信号と信号の間ほどの距離で、関所が勝手に設置された。年号すら場所によって異なっていた。
 そうした自由すぎる中世人として本書に登場するのは、農民や商人、職人、海賊、僧侶など、名前も知られていない人々。当然、まとまった史料などない。
 『北から南まで史料を幅広く集めて繋ぎ合わせていくので、なかなか骨の折れる作業でした。私の師である藤木久志先生からは、「ある習俗を復元しようと思ったら、史料を最低3つ用意しなさい」と生前によく言われていました。1例だけでは異常事態だったのかもしれない。2例あっても偶然の一致の可能性がある。しかし、3例あれば、社会におけるルールとしてある程度受け入れられていたと言えるのではないか、と』
 ちなみに、冒頭の『母開』は英語の『mother fucker』のような俗語だというのが・・・。
 『史料の合間に残された週刊誌ネタやゴシップ記事には、当時の人々の喜怒哀楽、恨みに嫉(そね)み、愛に呪いが込められている。そうしたものにこそ、中世らしさが残されています。信長や家康のような有名人すら、そうした中世人のひとりに過ぎません。この本は、固有名詞が多くて歴史が苦手だったという方にも、楽しんでいただけると思います』」
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室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―
喧嘩両成敗の誕生 (講談社選書メチエ)
世界の辺境とハードボイルド室町時代 (集英社文庫)
大飢饉、室町社会を襲う! (歴史文化ライブラリー)
耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y)
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 日本の歴史において、和を以て貴しとなす、惻隠の情があって心優しかった、助け合い・庇い合い・励まし合いなどの公助・共助があった、などは現実において存在しい作り事、戯言であった。
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 現代日本人には、地獄のような中世・戦国乱世を生き延びた人々の子孫である。
 日本を歴史において、個人の完全な自由が存在していたのは中世・戦国乱世であった。
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 現代社会で深刻な差別問題となっている同和民の賤民や部落民は、中世・戦国乱世では対して問題ではなかった。
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 日本には、中国のような輝かしく誇れる偉大な歴史はないが、朝鮮のような悲惨で卑屈になるような哀れで惨めな歴史はない。
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 日本の歴史とは、良くも悪くも、平々凡々として、世界に影響を及ぼすほどの特殊性のない特徴のない文化度の低い田舎の猿芝居的な歴史にすぎない。
 しょせん、世界の最果の海の外にある小国の歴史で、海に囲まれていた環境ゆえにあらゆるモノが流れ着く日本列島の歴史である。
 そんな歴史を生きてきた日本民族・日本人が特別に賢く優れているはずがない。
 そんな歴史しか生きてこなかったがゆに、現代日本人に民族的な歴史力・文化力・伝統力・宗教力がなく、高度な歴史知識が乏しい為に歴史が理解できなくて当然と言える。
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 日本人は、先人が残した古文書・歴史書より小説家や歴史学者による分かりやすく噛み砕いた時代劇・時代小説・歴史エッセイを好んで読む、というより自力では難しい歴史書が理解できない、と言うのが正しい。
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 庶民にとって、領主が誰であったも関係ない。
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 戦国時代は、悲惨で、酷たらしい地獄であった。
 武士・サムライが、百姓を嫌い差別し「生かさず殺さず」の支配を続けたのには理由があり、戦国の気風が残っていた江戸時代初期に斬り捨て御免が横行していたには理由があった。
 日本は、誰も助けてくれないブラック社会であった。
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 日本の庶民(百姓や町人)は、中華や西洋など世界の民衆・大衆・人民・市民とは違って、油断も隙もない、あさましく、えげつなく、おぞましく人間であった。
 町人は、戦場を見渡せる安全な高台や川の反対岸などの陣取って、酒や弁当を持ち込み遊女らを侍(はべ)らせて宴会を開き、合戦を観戦して楽しんだ。
 町人にとって、合戦・戦争は刺激的な娯楽で、武士・サムライが意地を賭けた喧嘩・殺し合いは止める必要のない楽しみであった。
 百姓は、合戦が終われば戦場に群がり、死者を弔う名目で死者の身包みを剥ぎ裸にして大きな穴に放り込んで埋め、奪った武器・武具・衣服などを商人に売って現金化し、勝った側で負傷した武士は助けて送り届けて褒美を貰い、負けた側の負傷した武士は殺し或いは逃げた武士は落ち武者狩りで殺し大将首なら勝った側に届けて褒美を貰った。
 百姓にとって、合戦は田畑を荒らされ農作物を奪われる人災であったが、同時に戦場荒らしや落ち武者狩りでなどで大金を稼ぐ美味しい副業であった。
 合戦に狩り出された庶民は、足軽・雑兵以下の小者・人夫・下男として陣地造りの作事を強要されるが、合戦が始まれば主君を見捨てて我先に一目散に逃げ、勝ち戦となれば勝者の当然の権利として「乱取り」を行い、敵地で金目の品物を略奪し、逃げ遅れた女子供を捉えて人買い商人に奴隷として売った。
 百姓や町人らの合戦見物・戦場荒らしは死者への敬意や死体の尊厳を無視するだけに、古代ローマ時代の剣闘士が殺し合うコロセウムより酷かった。
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 武将は、足軽・雑兵、小者・人夫・下男による乱取りを黙認していた。
 乱取りで捕まった女子供は、各地の奴隷市で日本人商人に買われ、日本人商人は宣教師を通じて白人キリスト教徒の奴隷商人に売って金儲けをしていた。
 中世キリスト教会と白人キリスト教徒奴隷商人は、奴隷として買った日本人を世界中に輸出して金儲けしていた。
 日本人奴隷を生み出していたのは、乱取りを行った百姓達であった。
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 現代日本人は、潔くカッコイイ武士・サムライの子孫ではなく、乱取りをし日本人を奴隷として売って大金を稼いでいた庶民の子孫である。
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 日本文化とは、明るく穏やかな光に包まれた命の讃歌と暗い沈黙の闇に覆われた死の鎮魂であった。
 キリシタンが肌感覚で感じ怖れた「日本の湿気濃厚な底なし沼感覚」とは、そういう事である。
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 柏木由紀子「主人(坂本九)を亡くしてから切に感じたのは、『誰もが明日は何が起こるからわからない』というこよです。私もそうですが、私以外にも大切な人を突然亡くしてしまった人が大勢います。だからこそ、『今が大切』だと痛感します。それを教えてくれたのは主人です。一日一日を大切にいきたい、と思い、笑顔になれるようになりました」
 神永昭夫「まずはしっかり受け止めろ。それから動け」
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 日本の文化として生まれたのが、想い・観察・詩作を極める和歌・短歌、俳句・川柳、狂歌・戯歌、今様歌などである。
 日本民族の伝統文化の特性は、換骨奪胎(かんこつだったい)ではなく接木変異(つぎきへんい)である。
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 御立尚資「ある禅僧の方のところに伺(うかが)ったとき、座って心を無にするなどという難しいことではなく、まず周囲の音と匂いに意識を向け、自分もその一部だと感じたうえで、裸足で苔のうえを歩けばいいといわれました。私も黙って前後左右上下に意識を向けながら、しばらく足を動かしてみたんです。これがびっくりするほど心地よい。身体にも心にも、そして情報が溢(あふ)れている頭にも、です」
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 日本の建て前。日本列島には、花鳥風月プラス虫の音、苔と良い菌、水辺の藻による1/f揺らぎとマイナス・イオンが満ち満ちて、虫の音、獣の鳴き声、風の音、海や川などの水の音、草木の音などの微細な音が絶える事がなかった。
 そこには、生もあれば死もあり、古い世代の死は新たな世代への生として甦る。
 自然における死は、再生であり、新生であり、蘇り、生き変わりで、永遠の命の源であった。
 日本列島の自然には、花が咲き、葉が茂り、実を結び、枯れて散る、そして新たな芽を付ける、という永遠に続く四季があった。
 幸いをもたらす、和魂、御霊、善き神、福の神などが至る所に満ちあふれていた。
 日本民族の日本文明・日本文化、日本国語、日本宗教(崇拝宗教)は、この中から生まれた。
 日本は、極楽・天国であり、神の国であり、仏の国であった。
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 日本の自然、山河・平野を覆う四季折々の美の移ろいは、言葉以上に心を癒や力がある。
 日本民族の心に染み込むのは、悪い言霊に毒された百万言の美辞麗句・長編系詩よりもよき言霊の短詩系一句と花弁一枚である。
 日本民族とは、花弁に涙を流す人の事である。
 日本民族の「情緒的情感的な文系的現実思考」はここで洗練された。
 死への恐怖。
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 日本の本音。日本列島の裏の顔は、雑多な自然災害、疫病蔓延、飢餓・餓死、大火などが同時多発的に頻発する複合災害多発地帯であった。
 日本民族は、弥生の大乱から現代に至るまで、数多の原因による、いさかい、小競り合い、合戦、戦争から争乱、内乱、内戦、暴動、騒乱、殺人事件まで数え切れないほどの殺し合いを繰り返してきた。
 日本は、煉獄もしくは地獄で、不幸に死んだ日本人は数百万人あるいは千数百万人にのぼる。
 災いをもたらす、荒魂、怨霊、悪い神、疫病神、死神が日本を支配していた。
 地獄の様な日本の災害において、哲学、思想、主義主張そして信仰宗教(普遍宗教)は無力であった。
 日本民族の「理論的合理的な理系論理思考」はここで鍛えられた。
 生への渇望。
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 日本の自然は、人智を越えた不条理が支配し、それは冒してはならない神々の領域であり、冒せば神罰があたる怖ろしい神聖な神域った。
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 現代の日本人は、歴史力・伝統力・文化力・宗教力がなく、古い歴史を教訓として学ぶ事がない。
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 日本を襲う高さ15メートル以上の巨大津波に、哲学、思想、主義主張(イデオロギー)そして信仰宗教は無力で役に立たない。
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 助かった日本人は、家族や知人が死んだのに自分だけ助かった事に罪悪感を抱き生きる事に自責の念で悶え苦しむ、そして、他人を助ける為に一緒に死んだ家族を思う時、生き残る為に他人を捨てても逃げてくれていればと想う。
 自分は自分、他人は他人、自分は他人の為ではなく自分の為の生きるべき、と日本人は考えている。
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 日本で中国や朝鮮など世界の様に災害後に暴動や強奪が起きないのか、移民などによって敵意を持った多様性が濃い多民族国家ではなく、日本民族としての同一性・単一性が強いからである。
 日本人は災害が起きれば、敵味方関係なく、貧富に関係なく、身分・家柄、階級・階層に関係なく、助け合い、水や食べ物などを争って奪い合わず平等・公平に分け合った。
 日本の災害は、異質・異種ではなく同質・同種でしか乗り越えられず、必然として異化ではなく同化に向かう。
 日本において、朝鮮と中国は同化しづらい異質・異種であった。
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 日本民族の感情は、韓国人・朝鮮人の情緒や中国人の感情とは違い、大災厄を共に生きる仲間意識による相手への思いやりと「持ちつ持たれつのお互いさま・相身互(あいみたが)い」に根差している。
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 松井孝治「有史以来、多くの自然災害に貴重な人命や収穫(経済)を犠牲にしてきた我が国社会は、その苦難の歴史の中で、過ぎたる利己を排し、利他を重んずる価値観を育ててきた。
 『稼ぎができて半人前、務めができて半人前、両方合わせて一人前』とは、稼ぎに厳しいことで知られる大坂商人の戒めである。阪神淡路大震災や東日本震災・大津波の悲劇にもかかわらず、助け合いと復興に一丸となって取り組んできた我々の精神を再認識し、今こそ、それを磨き上げるべき時である。
 日本の伝統文化の奥行の深さのみならず、日本人の勤勉、規律の高さ、自然への畏敬の念と共生観念、他者へのおもいやりや『場』への敬意など、他者とともにある日本人の生き方を見つめなおす必要がある。……しかし、イノベーションを進め、勤勉な応用と創意工夫で、産業や経済を発展させ、人々の生活の利便の増進、そして多様な芸術文化の融合や発展に寄与し、利他と自利の精神で共存共栄を図る、そんな国柄を国内社会でも国際社会でも実現することを新たな国是として、国民一人ひとりが他者のために何ができるかを考え、行動する共同体を作るべきではないか。」
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 庶民にとって、領主が誰であったも関係ない。
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 戦国時代は、悲惨で、酷たらしい地獄であった。
 武士・サムライが、百姓を嫌い差別し「生かさず殺さず」の支配を続けたのには理由があり、戦国の気風が残っていた江戸時代初期に斬り捨て御免が横行していたには理由があった。
 日本は、誰も助けてくれないブラック社会であった。
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 日本の庶民(百姓や町人)は、中華や西洋など世界の民衆・大衆・人民・市民とは違って、油断も隙もない、あさましく、えげつなく、おぞましく人間であった。
 町人は、戦場を見渡せる安全な高台や川の反対岸などの陣取って、酒や弁当を持ち込み遊女らを侍(はべ)らせて宴会を開き、合戦を観戦して楽しんだ。
 町人にとって、合戦・戦争は刺激的な娯楽で、武士・サムライが意地を賭けた喧嘩・殺し合いは止める必要のない楽しみであった。
 百姓は、合戦が終われば戦場に群がり、死者を弔う名目で死者の身包みを剥ぎ裸にして大きな穴に放り込んで埋め、奪った武器・武具・衣服などを商人に売って現金化し、勝った側で負傷した武士は助けて送り届けて褒美を貰い、負けた側の負傷した武士は殺し或いは逃げた武士は落ち武者狩りで殺し大将首なら勝った側に届けて褒美を貰った。
 百姓にとって、合戦は田畑を荒らされ農作物を奪われる人災であったが、同時に戦場荒らしや落ち武者狩りでなどで大金を稼ぐ美味しい副業であった。
 合戦に狩り出された庶民は、足軽・雑兵以下の小者・人夫・下男として陣地造りの作事を強要されるが、合戦が始まれば主君を見捨てて我先に一目散に逃げ、勝ち戦となれば勝者の当然の権利として「乱取り」を行い、敵地で金目の品物を略奪し、逃げ遅れた女子供を捉えて人買い商人に奴隷として売った。
 百姓や町人らの合戦見物・戦場荒らしは死者への敬意や死体の尊厳を無視するだけに、古代ローマ時代の剣闘士が殺し合うコロセウムより酷かった。
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 武将は、足軽・雑兵、小者・人夫・下男による乱取りを黙認していた。
 乱取りで捕まった女子供は、各地の奴隷市で日本人商人に買われ、日本人商人は宣教師を通じて白人キリスト教徒の奴隷商人に売って金儲けをしていた。
 中世キリスト教会と白人キリスト教徒奴隷商人は、奴隷として買った日本人を世界中に輸出して金儲けしていた。
 日本人奴隷を生み出していたのは、乱取りを行った百姓達であった。
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 現代日本人は、潔くカッコイイ武士・サムライの子孫ではなく、乱取りをし日本人を奴隷として売って大金を稼いでいた庶民の子孫である。
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