🚣4〕─1─約4万年前のヤポネシア人(日本列島人)。ヤポネシア論。〜No.14No.15No.16 *  

  ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 ヤポネシア論 †
 島尾敏雄
 「ヤポネシア」という言葉は、安住記者が紹介している極限的な戦争体験を経て、戦後長く奄美で暮らした作家の島尾敏雄さんが提唱した造語だ。「琉球弧」(奄美沖縄本島宮古八重山の一連の島々)の暮らしから感じとられた、中心から見た日本と違った「もうひとつの日本」に島尾さんは「ヤポネシア」と名づけた。「ヤポネシア」という着想は、インドネシアポリネシアメラネシアといった大平洋の島々の連なりの中に日本列島があるという捉え方から生まれている。
 日本の社会には、「みんなが一色に塗りつぶされてしまう息づまるような何か」つまり「固い画一性」があり、それが「日本人というものを狭くしている」と感じ、こういったあり方から抜け出すにはどうすればいいのかと、長く島尾さんは考えていた。そして、奄美に暮らすようになって、琉球弧の人たちには、そういう「固さ」がないことに気づき、「ナイーブな生命力のようなものが、この琉球列島の島々の生活にはひそみ、人々の挙措のあいだに、日本本土では忘れられてしまった「やさしさ」を見つけだすことができた」(「奄美---日本の南島」)。琉球弧の人たちの発想や挙措のこうした「やわらかさ」と本土の「固い画一性」の違いはどこからくるのだろうか、と考えていったところから、「ヤポネシア論」は生まれてきた。
 島尾さんは、日本社会の「固い画一性」は、近世の徳川時代の体制やその時代の武士道や儒教的倫理とのつながりが強いと考える。この肩肘を張った「固さ」は、さまざまな文化を受容してきた中国大陸に対するコンプレックスを裏返しにした虚勢のようなものと結びついている。他方、琉球弧は、長く琉球王朝支配下にあり、中国の影響も受けているが、南の島々から入ってきた南方的な要素が強く、それが「本土(ヤマト)」の人たちのこわばった「固さ」のない「やわらかさ」を感じさせるのではないか。
 JANJAN 2007-03-10 (土) 21:35:46 (5376d)
   ・   ・   ・   
 ウィキペディア
 ヤポネシア(Japonesia)とは作家の島尾敏雄が考案した造語である。日本を指すラテン語「Japonia」もしくは現代ギリシア語「Iaponia」に群島を指す古典ギリシア語の語尾「nesia」を追加してカタカナ化したもので、日本国ではなく日本列島を意味する。文芸評論やポストコロニアル批評、カルチュラル・スタディーズ、において好んで用いられる表現である。
 概要
 島尾は横浜に生まれ神戸に育ったが、第二次大戦中に奄美大島の属島である加計呂麻島に駐屯していた。これが縁となり、島尾は1955年に奄美大島の名瀬(現在の奄美市名瀬地区)に移住する。その後、島尾は新日本文学会の機関誌『新日本文学』に「名瀬だより」と名付けられたエッセイを連載するが、この連作エッセイの中で提示されたのが、日本列島を「島々の連なり」として捉える視点である。ヤポネシアとは、そうした視点を解りやすく提示する為に島尾が考案した語と云える。またこの語は「琉球弧」という概念が文化論上の概念として再定義されるきっかけともなった。
 影響
 ヤポネシアという語は「琉球弧」とともに南西諸島住民とその子孫の間に広く受け入れられ、南西諸島が日本列島史において果たした役割や、近世から近代、現代にかけての被収奪・被抑圧の歴史を表現する際のキーワードとして多用されることとなった。ちなみに沖縄出身の作家、霜多正次には、みずからの戦時中の捕虜体験もからめた、「ヤポネシア」という小説がある。
 なお、2020年の時点で、ヤポネシアもしくはヤポネシア人という言葉は学術用語としても認知されている。ヤポネシアに最初のヒトが渡来したのはおよそ4万年前と考えられ、彼らがどのような起源を持ち、ヤポネシア人として成立・発展していった過程を、古代人と現代人のゲノム比較等から明らかにする研究が2018年頃から行われている。
   ・   ・   ・   
日経サイエンス2021年8月号(特集:ヤポネシア/17年ゼミの生存戦略)
最新DNA研究が解き明かす。 日本人の誕生
「ヤポネシア論」の輪郭 島尾敏雄のまなざし (タイムス選書2・3)
   ・   ・   ・   
 文部科学省研究費補助金 
 新学術研究(複合領域)2018-2022年度
 正式名称:ゲノム配列を核としたヤポネシア人の起源と成立の解明
 ヤポネシアとは?
 ラテン語で「ヤポ」は日本を、「ネシア」は、島々を意味します。これらふたつをつなげて、 長く奄美大島に住んだ作家の島尾敏雄が、1960 年代に提唱したものです。
 研究概要
 Yaponesian 季刊誌0巻0号が刊行されました。 → ダウンロード
 新学術領域研究ヤポネシアゲノムのツイッターをはじめました。 
 ヤポネシア(日本列島) には約4万年前に最初のヒトが渡来し、その後も何度か渡来の波がありました。この枠組みの中で、ヤポネシア人(日本列島人)はどのような集団にその起源をもつのか、ヤポネシアにおける成立・発展の過程はどうであったのかを、多地域から選別した現代人500個体と旧石器時代~歴史時代の古代人100 名のゲノム配列を決定し比較解析することで、ヤポネシア人ゲノム史の解明をめざします。ヒトとともにヤポネシアに移ってきた動植物についても、それらのゲノム配列の比較から歴史を解明します。過去の人口増減の詳細な歴史を、ゲノム配列から推定する既存の方法や新規に開発する方法を用いて、再構築します。ヤポネシア人の歴史を多方向から検討するために、これらゲノム研究と、年代測定を取り入れた考古学研究や、日本語・琉球語の方言解析を含む言語学の研究グループとの共同研究を行ないます。これらから、文理融合のあらたな研究領域を確立します。
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ゲノム配列を核としたヤポネシア人の起源と成立の解明」(領域略称名:ヤポネシアゲノム)のもとに進めています。 2018 年9 月10 日に開催した記者会見で用いたスライドファイル → ダウンロード
 日本列島人の起源と成立をさぐる本研究に、皆様のご支援をお願いいたします。 この研究プロジェクトに寄附を希望される方は、領域事務局までご連絡ください。 → 領域事務局
 2019~2020 年度の公募研究申請を予定されている方は、文部科学省のウェブサイトをご覧ください。
 → 文部科学省のウェブサイト( 【公募要領、計画調書のダウンロード】を参照ください)
 → 公募要項(公募要領の25ページに記載されています)
 文部科学省のウェブで公開されている領域紹介を、公開します。 → ファイルダウンロード
  ・  ・  
 メンバー紹介
<1>文部科学省新学術領域研究 ヤポネシアゲノム
 領域代表者:斎藤成也 ( 国立遺伝学研究所・集団遺伝研究部門・教授 )
計画研究A01「現代人ゲノム配列解析にもとづくヤポネシア人進化の解明」
 研究代表者:斎藤成也
 (研究分担者:井ノ上逸朗、吉浦孝一郎、Timothy A. Jinam、松波雅俊)
計画研究A02「古代人ゲノム配列解析にもとづくヤポネシア人進化の解明」
 研究代表者:篠田 謙一(国立科学博物館・研究調整役兼人類研究部部長)
 (研究分担者:佐藤丈寛、角田恒雄)
計画研究A03「動植物ゲノム配列解析にもとづくヤポネシアへのヒトの移動の推定」
 研究代表者:鈴木仁(北海道大学・地球環境科学研究院・教授)
 (研究分担者:伊藤剛、遠藤俊徳、増田隆一)
計画研究B01「考古学データによるヤポネシア人の歴史の解明」
 研究代表者:藤尾 慎一郎(国立歴史民俗博物館・教授)
 (研究分担者:山田康弘、木下尚子、清家章)
計画研究B02「日本語と関連言語の比較解析によるヤポネシア人の歴史の解明」
 研究代表者:遠藤 光暁(青山学院大学・経済学部・教授)
 (研究分担者:木部暢子、狩俣繁久、中川裕、風間伸次郎)
計画研究B03「ヤポネシア人の人口推定を中心とした巨大データ解析」
 研究代表者:長田 直樹(北海道大学情報科学研究科・准教授)
 (研究分担者:藤本明洋、五條堀淳、河合洋介)
<2>大学共同利用機関機構間連携研究
 領域代表者:斎藤成也 ( 国立遺伝学研究所・教授 )
 研究分担者(国立遺伝学研究所):井ノ上逸朗教授、中岡博史助教、Timothy A. Jinam
 研究分担者(国立歴史民俗博物館):藤尾慎一郎教授、山田康弘教授、坂本稔教授
 研究分担者(国立国語研究所):木部暢子副所長、大西拓一郎教授
 研究分担者(国立科学博物館):篠田謙一副館長、神澤秀明研究員
  ・  ・  
 活動報告
2018年11月11日
 青山学院大学総研ビルにて、第3回総括班会議、第1回全体会議が開催されました。
2018年9月14日
 北海道大学情報科学研究科にて、「歴史はやわかりセミナー」第1回を開催しました。領域代表の斎藤成也が講師となり、『日本列島人の歴史』(2015、岩波ジュニア新書)などをもとに三〇余名の方にヤポネシア人の歴史について講演しました。
2018年9月10日
 新学術領域ヤポネシアゲノムの公募研究説明会が情報・システム研究機構会議室にて開催されました。
2018年9月10日
 新学術領域ヤポネシアゲノムがたちあがったことをアナウンスする記者会見が情報・システム研究機構会議室にて開催されました。
2018年9月8日
 現代人ゲノムA01班の班会議が長崎大学医学部にて開催されました。
2018年8月9日
 言語学B02班の班会議が立川の国立国語研究所にて開催されました。
2018年8月7日
 動植物ゲノムA03班の班会議が札幌の北海道大学にて開催されました。
2018年8月6日〜8日
 立川の国立国語研究所にて国際シンポジウム"Approaches to Endangered Languages in Japan and Northeast Asia: Description, Documentation and Revitalization"が開催されました。
2018年8月1日
 古代人ゲノムA02班の班会議がつくばの国立科学博物館にて開催されました。
2018年7月31日
 ゲノム大量解析B03班の班会議が北海道大学東京オフィスにて開催されました。
2018年7月17日
 考古学B01班の班会議が熊本大学文学部にて開催されました。
2018年7月10日
 ヤポネシアゲノム新学術領域研究の第2回総括班会議を、情報・システム研究機構の会議室で開催しました。
2018年7月5日
 ヤポネシアゲノム新学術領域研究の第1回総括班会議を、北海道大学東京オフィスの会議室で開催しました。
2018年02月26日
 東京都千代田区学術総合センターの一橋講堂で開催予定の情報・システム研究機構合同シンポジウム「人文知による情報と知の体系化~異分野融合で何をつくるか~」において、本新学術領域代表者斎藤成也と計画研究B02班研究分担者木部暢子が講演しました。
2018年01月31日
 申請中の新学術領域「ゲノム配列を核としたヤポネシア人の起源と成立の解明」の計画研究代表者6名が東京で会合をもち、今後の計画を話しあいました。
2018年01月11日
 国立遺伝学研究所(情報・システム通信機構)の斎藤成也、国立民俗博物館(人間文化研究機構)の藤尾慎一郎、国立国語研究所人間文化研究機構)の木部暢子、人間文化研究機構理事の佐藤洋一郎が、人間文化研究機構本部で会合をもち、今後の機構間連携文理融合研究について話しあいました。
2017年11月05日
 領域代表者の斎藤成也著『核DNA解析でたどる日本人の源流』が河出書房新社から刊行されました。
2017年11月03日
 東京大学本郷キャンパスで開催された第71回日本人類学会のシンポジウム「日本列島人の成立」において、本新学術領域研究計画研究代表者3名(B01藤尾、A02篠田、A01斎藤)が講演しました。
2017年11月01日
 文部科学省科学研究費補助金・新学術領域に「ゲノム配列を核としたヤポネシア人の起源と成立の解明」(研究代表者:斎藤成也)を申請しました。
2017年8月
 国立遺伝学研究所の共同研究会「日本列島人(ヤポネシア人)のゲノム歴史学」を開催し、本新学術領域研究の参加研究者11名が講演しました。
ホーム研究内容メンバー紹介活動報告連絡先リンクサイトマップ
Copyright © 2018 yaponesian.org. All Rights Reserved.
   ・   ・   ・   
 日本列島には、自然を基にした日本神話・民族中心神話・高天原神話・天孫降臨神話・天皇神話が滲み込み、その上に石器時代縄文時代弥生時代古墳時代日本民族が住んできた。
 日本民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)、弥生人(渡来人)、古墳人(帰化人)が乱婚して混血して生まれた雑種である。
   ・   ・   ・    
 縄文人は、日本列島を中心に、南は琉球(沖縄)、北は蝦夷地(北海道)・北方領土南樺太、千島列島その一部はカムチャツカ半島から北米大陸西北部まで、西は朝鮮半島南部、日本海を主要航路として手漕ぎ丸木舟で移動していた。
 中国や朝鮮では、朝鮮半島南部に住んでいた先住民の弥生系日本人を倭族と軽蔑していた。
 日本文明は、揚子江流域(江南地域)にあった漁労農耕の温和で平和志向の長江文明の後継文明であって、黄河流域で軍事優先で栄えたの領土拡大・侵略志向の好戦的黄河文明の亜流文明ではなかった。
 朝鮮文化は、黄河文明の亜流であった。
 数万年続いた日本列島の石器時代縄文時代は、争いのない、戦争のない平和な時代であった。
 日本民族琉球民族アイヌ民族は、縄文人を共通の祖先とする同種・同血族であって、中華民族、漢族、韓国人・朝鮮人とは血の繋がりが薄い別種・異種のアジア人であった。
 日本民族は、縄文人(日本土人)、弥生人(渡来人)、古墳人(帰化人)が乱婚して混血して生まれた雑種である。
   ・   ・   ・