👪7〕─2─男女の脳の違いからくる生き方。逆転の発想で嘘くさい前向きやめれば楽に生きられる。~No.47No.48No.49 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 江戸っ子は前向き・プラス思考・ポジティブでもなく諦め気分で楽に生きていた。
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 日本人は、中国人や朝鮮人とは違っていた。
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 2022年5月14日・21日号 週刊現代「逆転思考のススメ」
 『頑張らなきゃ』と思うから辛い
 『成し遂げなきゃ』と焦るから鬱になる
 『嘘くさい前向き』をやめるとこんなに楽
 男性脳は縄張り争いをして成果をあげることが最重要課題。『地位を築く』ことに必死になりがちだ。
 『自分にとって意味のある人生を送らなきゃ』『居場所を見つけなきゃ』。そんな前向き思考は、本心から出ているだろうか?世間に踊らされているだけと気がつけば、生きるのはこんなに楽になる。
 『プラス思考』は損得勘定
 久々に行動制限のない大型連休だったが、外出して良いものか。モヤモヤしているうちにGWがおわってしまった・・・そんな人も多いだろう。
 コロナ禍も3年目となり、すこしずつ元の社会に戻りつつある。停滞した町の空気も動き始める中、注目されている本がある。それは『「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本』(アスコム)だ。著者である南直哉氏は、恐山の院代(住職代理)をつとめ、長年にわたり人々の悩みを聞いてきた。それだけでなく、自分自身も長年『人生が息苦しい』と感じてきたという。南氏が言う。
 『私は「プラス思考」という言葉が嫌いなんです。ポジティブとか前向きという考え方も苦手ですが、、今、至るところにで耳にしますよね。
 よくよく考えてみると、プラス関係の考えを規定しているのは、最終的には〝損得〟だと思います。今より少しでも多く儲けたい、もっとカネが欲しいなどという欲望がその根底にあるように思えてなりません。
 「前向きな生き方」には、人間的に成長するとか社会的に認められるということも含まれるのかもしれませんが、それらをひっくるめて全部、ものさしはカネですよ。そのような考え方だから、今の社会は他人に対して〝人材〟という言葉を使う。
 夢や希望についてもしきりに語られますが、理想のために努力しようという考えは、将来を当て込んでカネをつぎ込もう、という投資の考えと似ています。こうした自分が思い描いた夢に呪縛されて動けなくなってしまう人が、実はたくさんいるのではないでしょうか』
 人生において何かを成し遂げなければ、と思っている人は多い。出世する、名を残す。他人から『立派だ』と褒められることをやり遂げなければならない。そう考え、焦っている。
 それは本心だろうか?
 自分が心の底からそう思っているのではなく、ただ『そうあるべき』と思い込んでいる。そんな『嘘くさい前向き』思考で自分を追い詰めていないか。
 『同調圧力』の共著者で世間学の研究者、佐藤直樹氏は言う。
 『日本人の多くは生まれてからずっと「他人(ひと)様に迷惑をかけない人間になれ」と言われて育ちます。世間に迷惑をかける、それどころか白い目で見られるだけでもとても怖いことだと思い込む。
 たとえば成人の自殺理由で一番多いのはうつ病を除けば経済問題です。借金なんて、本来ならば契約違反に過ぎない。死ぬくらいなら踏み倒せばいいんですが、日本では死んでお詫びする、となってしまいます。
 世間はいくつもあり、人間は必ずどこかの世間に属している。多くのサラリーマンにとっては会社が最大の世間です。世間に同質を求めます。枠組みの中で先輩後輩、格上格下の身分や地位があり、同じ方向を目指して頑張ることで自分の存在意義を確認するのです』
 日本人は相手を判断するとき、どのような人間であるかではなく、どのような世間に属しているかといった〝身分〟で判断するという。定年後に身分を失うことを怖れ、会社の枠から逃げられない人は少なくない。定年後の男性同士が町内会などで会うと『どちらにお勤めでした?』がしばしば会話の糸口となる。たとえ退職しても、その人はまだ『○○社の元社員』という世間で生きているのだ。しかし実際の社業からはすでに切り離されているため、次第に『自分の人生はなんだったんだろう』『これから自分はどう過ごせばいいんだろう』と鬱々とする人が増えていく。
 自己責任で頭がいっぱい
 『幸せに生きられない人とは、過去と未来ばかり考えている人のことです』
 と言うのは精神科医で評論家の樺沢紫苑氏だ。
 『過去を考えている人は「なんであんなことをしてしまったんだろう」と悔やむ人。一方、未来を考える人は「これから病気になったらどうしよう、先々のお金がなくなったらどうしよう」と不安にかられる人です。
 ところが、今のあなたは実際どうなんですか?とたずねると、大多数の人がごく普通に生活している。明日をも知れない命というわけではなく、今日のご飯を食べるお金がないわけでもない。要は過去と未来に囚われているだけです。
 よく自己啓発本などにポジティブ思考を持ちましょう、人生の大きな目標を決めましょうとか書いてありますが、そんなものを決めて達成できた人なんていません。現実が伴わないことを口にしても疲れるだけです。
 心理学的に一番正解に近い考えは、ニュートラル(中道)です。物事に対して先入観を持たずに観察し、今、この瞬間を楽しむことが、幸せに暮らすコツです』
 実はそれは人間の脳の働きでも証明されている。脳を活性化し、やる気を起こすドーパミンは、遠大な目標設定に対しては働かないのだ。
 前出の南氏は『現代人は、よりよい人生を生きなければならない、と力が入りすぎている』ち語る。
 『かつて「置かれた場所で咲きなさい」というタイトルの本がベストセラーになりました。
 あの本がヒットした理由は、そう言われたら、自分が苦しい立場に置かれても諦めがつくからでしょう。しかし誰かの都合で一方的に〝置かれた場所〟は、自分が選んだ場所ではありません。そんな場所で咲けなかったからといって、それはあなたのせいではないし、どうということはない。
 私はこれまで、生真面目に考えこみ、苦しい状態で助けを求める人にたびたび会ってきました。彼らはあれをやらなければいけない、これをやらなければいけない、すべては自己責任だからと頭をいっぱいにして恐山を訪ねてきます。
 しかし、そもそも人生で本当にしなければならないことなど、実はほとんどありません。生きるか死ぬか以外のことは些事ですし、自分一人で成し遂げられることなどたかがしれているのです』
 肩肘張るのはみうやめた
 知らず知らずに縛られていた前向き思考から解放され、人生が楽になったと明かすのは、哲学者の土屋賢二氏だ。
 名エッセイストであり、お茶の水女子大学の人気教授として知られた土屋氏は、同大文教育学部の学部長などを歴任し、10年に定年を迎えた。
 『僕は決してストイックな人間ではないと思うけれど、それでも教授時代の自分は、結果を残さなけねば、という張り詰めた心情でいたと思います。
 学問の場では、どんな質問をされるかわからないので、どういう場合でも対処できるようにと自室にはものすごい量の本を揃えていました。その上、仕事を終えた老後は古今東西の古典を読んで格調高く過ごそうと、ホメロス叙事詩なども買い込みました』
 だが、いざ退職して年数が経つと、現役時代に持っていた『もっと教養をつけよう』『人間的に成長しよう』という気持ちがなくなったという。
 『考えてみたら、若い頃にも似たような経験がありました。阿部次郎の「三太郎の日記」という名著があります。これを読まなきゃいっぱしの大学生じゃないとまで言われていたので僕も買ったんですが、最初の4ページで挫折したんですよ・・・。大学生になったらこういう本を読むべきだというようなことは、僕には向いていませんでした。
 今でも自室の本箱はたくさんありますが、どんどん娯楽関係の本が増えています。以前は息抜きのために置いていたんですが、息抜きのものだらけになった。人間って、どこまでも自分を甘やかすものだなぁと思います』
 土屋氏は、かつて何百枚と出していた年賀状も今では出すのをやめてしまったという。
 『そもそも年賀状を出していたのだって、哲学をやっていると偏屈だとか思われるから、一応最低限の社会人がやるようなことはやっているよ、というのを示すためだったんですよね。でも今はもう、まともな社会人として見てもらおうという気持ちがまったくなくなった。
 偏屈だとか、変わり者だとか、あいつとは話が合わないとか思われてもいいや、とだんだん思えてきました。我慢するのをやめたら楽ですよ』
 これがまさに、嘘くさい前向きをやめて楽になった例だといえる。
 人間は生きていると、いろいろなレッテルを貼られる。そのレッテルを引き剥がそうとするのをやめた、というのは落語家の林家笑丸だ。
 『落語家や芸人って、気楽に生きているように見られるんですが、そういう他人の目に対しては、次第に達観するようになりましたね。
 若い頃は、芸人は腰を低くしろという世間の期待に合わせていかなあかんのか、とへこんだこともありました。たとえば居酒屋で食事をぶちまけられて、クリーニング代を貰おうとしたら隣の客から「仕事柄そんなことしちゃあかん」と絡まれた。舞台がはねてお客様の見送りしてたら、観客のおばちゃんから「もっと謙虚になれ」と小言されたりもしました。
 今ではそうした人達を客観視するというか、むしろ芸のためにもっとヘンなこと言うてくれ変化なと思うようにしてます。そのほうが嫌なことも起きにくい気がしますし』
 男性脳は大変だ
 無用な前向き思考はどうしてこんなに息苦しいのだろうか。『前向きに生きてるなんてばかばかしい』の著者で脳科学者の黒川伊保子氏が言う。
 『私が言いたいのは、前向きに生きなくてもいい、ということではありません。人間の脳は百人百様なのに、自己啓発本などでは百人一様の理想形として判を押したように「前向きに生きる」ことを推奨されている。そのことに違和感を覚えているんです。
 時には自分に合わない方向に走り出してしまう無駄な前向きもあるのではないか。それが息苦しさを生んでいる可能性があると思います』
 脳には右脳と左脳をつなぐ脳漿(のうしょう)という神経線維の束がある。他人のことを気にしている時には、この脳漿に大量の電気信号が流れて、周囲の人々の微細な変化に気づきやすくなるという。これが、いわゆる〝空気を読んでいる〟状態だ。
 脳漿には性差があり、男性の脳漿は女性に比べて細い。つまり、もともと男性には女性に比べて空気を読む力は低い。男性のほうがより嘘くさい前向きに支配されがちになるため要注意なのだ。
 黒川氏が説明を続ける。
 『他にも男女の脳には違いがあります。
 女性は、自分がいい思いをするということへの好奇心が死ぬまで消えません。美味しいものを食べたり、温泉に行って心地よくなったり、あるいはおしゃべりをすることに貪欲です。これは女性が子供を体内で育てて産むため〝自分を養う〟という本能に基づいている。
 一方の男性は縄張り争いや狩りをして集団が成果をあげることが至上命題なんですね。自分がたとえ傷ついたりひもじい思いをしても、戦いに勝ったほうが脳が気持ちよくなる。人生に目標を持つという回路は、男性脳の典型的な考えで、男性は外の世界から何か任命されることに生きがいを見出す。男性のほうが大変なんです』
 頑張らなきゃ、と力まなくても人生は十分楽しい、逆転思考で今日か気楽に生きてみよう。」
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「前向きに生きる」ことに疲れたら読む本
「悟り」は開けない (ベスト新書)
なぜこんなに生きにくいのか (新潮文庫)
恐山: 死者のいる場所 (新潮新書)
覚悟の決め方 (SPA!BOOKS)
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 何故、昔が夢と希望に満ちて明るかったのかといえば若者が多く老人が少ない人口爆発期であったからであり、未来が夢も希望もなく暗いのかといえば老人が多く若者が少ない人口激減期が確実に訪れるからである。
 今はまだいいが、30年後、50年後の日本は確実に多死少生時代に突入する。
 つまり、総人口9,000万人といった統計数が同じでも、昔の人生50年時代と未来の人生100年時代では年齢構成が全然違うのである。
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 現代の日本人の愚かさは、自分達が武士でもなければ武士の子孫でもないくせに、武士道・士道を持った理想的な武士だと思い込んでいる事である。
 武士道・武士道精神を崇高な精神であると信仰の対象まで昇華して盲従する偏執狂信徒になり下がり、その実、精神的に堕落している事に気付かず喜んでいる事である。
 つまり、現代の日本人は武士道・武士道精神が論語・仏教・神道同様に理解できない。
 馬子(まご)にも衣装で、武士でもないのに武士道を信仰して武士に成った気になっている。
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 江戸っ子は、落語に出てくる熊さん・寅さん・八っさん、粗忽者、おっちょこちょい、おらがかかあ、御隠居、お侍さん、もの知る先生、その他、多くの市井の人々であった。
 市井の人々の生き方は、三十六計逃げるに如(し)かず、つまり「逃げるが勝ち」であった。
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 ブラック社会の江戸時代での生き方とは、ものぐさ、ぐうたら、今だけが良ければ明日など如何でもいいという生き様であった。
 その日暮らしの江戸っ子は、「宵越しの銭を持たない」を信条として、動けるうちは、働けるうちは一生涯現役と粋がって死ぬまで仕事を続けた。
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 隠居・引退を考えて実行していたのは、嫉妬、恨みや妬みが渦巻き、陰湿・陰険なイジメや嫌がらせ足の引っ張り合いが日常的に存在していたブラックな城勤めである武家社会だけであった。
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 江戸時代、結婚できる男性は少なく働いた金で女郎通いを続け、最後は一人孤独に死に、死後は赤の他人によって無縁仏として墓地に埋められ墓もなく葬られ、そして過去帳の記録には残ったが知り合いの記憶から消えていった。
 「そんな馬鹿な人間がいたっけ」として、生きたいたこと自体が忘れ去られた。
 現実社会では、「人の記憶に残る」はありえず、「記憶から消される」が正しかった。
 江戸社会とは忘却であり、江戸時代人とは「去る者は日々に疎(うと)し」であった。
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 江戸っ子は、現代風のくだらない前向きなプラス思考を持たず、現代の日本人とは真逆な事を考え正反対の生き方を続けていた。
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 江戸っ子にとってブラックなこの世とは、苦しみや辛さが多いばかりで「何の生きる楽しみがあるものか」であった。
 それでも、徳川幕藩体制の江戸時代は国内外での戦争やクーデター・内乱・内戦がなくダラダラと260年間も続いた。
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