🗾30〕─1─3000年前の海洋民・縄文人はサメに襲われていた。~No.134No.135No.136 * 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 6月29日16:55 MicrosoftNews KYODONEWS 共同通信「岡山に世界最古のサメ犠牲者 縄文の人骨、英大発表
 © KYODONEWS 捕獲されたホオジロザメ=2000年7月、和歌山県太地町
 【ロンドン共同】英オックスフォード大は29日までに、岡山県笠岡市の津雲貝塚で見つかった3千年以上前の縄文時代の人骨が、確認された世界最古のサメの犠牲者とみられると発表した。サメが人を襲ったことを示す直接的な証拠があるとする研究チームの論文が考古学術誌「ジャーナル・オブ・アーキオロジカル・サイエンス」に掲載された。
 チームは、瀬戸内海で魚を捕っていてサメに襲われた可能性があると推測している。
 人骨は1920年ごろに発掘された成人男性のもので、京大が保管。腕や脚、胸、腹などにのこぎりの歯のような深い傷など少なくとも790の外傷があり、右脚や左手がなかった。」
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 6月30日12:47 MicrosoftNews 読売新聞「世界最古のサメ被害は縄文人?全身に790か所の傷跡
 © 読売新聞 サメにかまれた傷が残る人骨について説明する中務教授(京都市で)
 京都大は30日、約3000年前の縄文人の骨からサメにかまれた無数の傷が見つかったと発表した。これまで最古だった中米プエルトリコの人骨を約2000年遡り、サメの襲撃被害としては世界最古だという。
 1919年に岡山県笠岡市の津雲貝塚で発掘され、京都大で保管していた成人男性とみられる人骨。考古学や人類学の専門家らの国際研究チームがサメの研究者の協力で調査したところ、全身に少なくとも790か所の傷が見つかった。傷の形状にサメ被害の特徴があり、同じ場所を繰り返しかんだ痕もあった。右足や左手は欠落しており、かみちぎられた可能性がある。
 傷は治癒した形跡がなく、襲撃直後に亡くなり、埋葬されたとみられる。京都大の中務真人教授(自然人類学)は「船で仲間と沖に出て漁をしている最中に襲われたのでは。想像できなかった人々の営みを解き明かす材料になる」と話した。
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 6月30日16:32 MicrosoftNews 毎日新聞「3000年前の人骨に…世界最古のサメ襲撃の傷痕 京大保管
 © 毎日新聞 提供 サメに人間が襲われた最古の物証となる傷がついた人骨を手にする京都大の中務真人教授=京都市左京区で2021年6月30日午前11時26分、千葉紀和撮影
 瀬戸内の貝塚から発掘され、京都大で100年以上保管されていた人骨の傷痕は、約3000年前に人がサメに襲われた世界最古の物証だった――。英オックスフォード大や京大などの研究チームが、米国の考古学誌に発表した縄文時代の骨を巡る報告。この骨の存在は以前から知られ、これまで数多くの研究者によって調べられてきた。長い時を超えて真相に迫ったのは、英国の大学院生だった。
 サメによる襲撃の痕跡が確認されたのは、清野謙次・京都帝国大教授らが集めた人骨の一部。清野氏の収集品を巡っては、戦前に沖縄の墓地などから集めた遺骨の返還を求める声が上がっている。今回は1919(大正8)年に縄文時代晩期の津雲貝塚岡山県笠岡市)から発掘した約80体のうちの一体だった。京大理学研究科の自然人類学研究室に保管されており、オックスフォード大の博士課程で学ぶアリサ・ホワイトさんが2017年に傷の違いに気づいた。
 その後、国内外の7研究機関が共同研究し、放射性炭素年代測定の結果、死亡時期は紀元前1370~同1010年と判明。これまではプエルトリコの遺跡から発掘された約1000年前の人骨の傷が世界最古のサメの襲撃痕と考えられており、約2000年さかのぼることになる。
 被害者は35~45歳の男性。全身に790カ所以上の傷痕が残り、傷の形状がこれまで報告されているサメによる傷と共通していた。左手首には切断面があり手先が失われているため、左手で防御した際にかみ切られた可能性もあるという。襲撃で即死したとみられるが、死体は回収されて埋葬されていた。
 研究チームの中務真人(まさと)・京大理学研究科教授(自然人類史)によると、津雲貝塚の人骨資料は有名で、これまで国内外の1000人を超える研究者が目にしてきた。中務教授も大学院生だった約30年前にこの骨を見て、傷にも気づいていたが、「傷が深いため、人がつけたものだと思い込んでいた。サメだと聞いて『まさか』とびっくりしたと同時に『しまった』と思った。先に気づけば良かった」と苦笑いする。
 ホワイトさんは人同士の争いを研究し、各地の骨を調べていて、人による損傷にしては傷が多すぎることに疑問を持った。サメによる傷だと気づいた時、ホワイトさんの反応は冷静だったという。中務教授は「人骨は文化遺物。100年も持ち続けていると、誰かが新しいことに気づくこともある」と語った。【千葉紀和】」
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 6月30日18:00 MicrosoftNews 朝日新聞社「サメのかみ痕、縄文人の骨に 世界最古の襲われた証拠に
 © 朝日新聞社 コミュニティー施設に展示されたホオジロザメのはくせい=2009年、川崎市
 岡山県で発掘された約3千年前の人骨に、サメにかまれた痕が多数あることを、英オックスフォード大学や京都大学などのチームが突き止めた。人がサメに襲われた物的証拠はこれまで約千年前の骨が最古とされていたが、今回の発見で大幅に記録を更新した。
 サメのかみ痕が残っていたのは、1919年に津雲(つくも)貝塚岡山県笠岡市)で発掘され、京大で保管されていた人骨約80体のひとつ。35~45歳の縄文人の男性とみられる。オックスフォード大で考古学を専攻する大学院生が調査の一環で京大を訪ねて発見した。男性の人骨には多数の傷があり、争いといった人為的な理由ではない傷だと考えた。
 男性の人骨には、少なくとも790カ所の傷痕があり、治癒の経過が見られないことから、傷が死因になったと考えられる。V字形の傷の溝や、平行で直線的な傷痕、歯による穴といった特徴的な形が複数確認でき、サメにかまれた傷だとわかった。ホオジロザメかイタチザメと考えられる。」
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