☵57〕─4─韓国人研究者による「嘘の慰安婦神話」崩壊。日本は何をするべきか。~No465 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 2024年6月19日 MicrosoftStartニュース zakzak「「嘘の慰安婦神話」崩壊させよ 強制連行・性奴隷説を論破、韓国人研究者が激白 徹底駆逐のため日本は何をするべきか
 慰安婦運動の「嘘」を徹底説明した朱氏(左) =15日、東京都新宿区
 © zakzak 提供
 慰安婦運動の事実的誤りを徹底検証し、噓を暴いた著書『反日種族主義 「慰安婦問題」最終結論』(文芸春秋)を出版した韓国人研究者、朱益鍾(チュ・イクチョン)氏が来日し、東京で講演を行った。「強制連行」「性奴隷」という間違った言説をファクトに基づいて否定した朱氏は議論を通じて、日本や韓国に広がった「噓の慰安婦神話」を完全崩壊させる必要性を強調した。
 「韓国では慰安婦が何かについて、『強制連行』『性奴隷』説以外の話が公の場に出てくることはない。みんな『触れたら大変なことになる』と考えて、触れないようにしている。慰安婦研究者や慰安婦運動家が噓をついてきたことに関する議論がされていない」
 朱氏は15日、東京都内での講演後、夕刊フジの直撃にこう激白した。
 韓国社会では考えられなかった「強制連行」「性奴隷」説を論破した画期的な著書を出した朱氏は講演で、日本と韓国の「合作」によって「噓の慰安婦神話」が広がったという背景を明かした。
 慰安婦運動の構造を「韓国側からは挺対協(現正義連)による運動、日本側からは研究者、社会運動家によって作り出された理論、つまり日韓の分業制で慰安婦運動が盛り上がることになった」と説明。ただ、「『連れていかれた慰安婦になった人が少女だった』『強制連行された』などというのは、(元慰安婦の)おばあさんたちの証言だけで、客観的な証拠は何もなかった」と語った。
 『反日種族主義 「慰安婦問題」最終結論』(文芸春秋
 © zakzak 提供
 講演では、「強制連行」「性奴隷」説があり得ない根拠についても詳しく説明が行われた。
 日本統治下の朝鮮の女性が中国戦線の慰安所に行く場合は、身分証明書や親権者承諾書、戸籍謄本などが必要で、「家族の同意がなければこういう書類は発行してもらえなかった。誘拐や物理的な暴力、軍人に威嚇されて連れていかれたということはあり得なかった」と語った。
 慰安婦の実態については「性奴隷というのは成立しないと思う。彼女たちは前借り金でお金をもらって、それを働きながら返していく『年季契約労働者』といえる」と話し、現在の価値で1億~2億円もの貯金をした慰安婦がいた事例も紹介した。
 史実に基づかない慰安婦運動は日本政府にも影響し、ずさんな調査で日本軍の関与と強制性を認めた1993年の「河野談話」が生まれた。
 日韓関係に今も影を落とす「噓の慰安婦神話」を徹底駆逐するため、日本は何をするべきなのか。講演後に尋ねると、朱氏は「日本政府がなぜ噓に引っ張られていったのかについて、日本国内で議論が必要だ」と語った。
 関連するビデオ: 元慰安婦ら「屈辱外交」と抗議 日韓首脳会談の直前に… (テレ朝news)
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 5月20日 YAHOO!JAPANニュース 共同通信「少女像、ドイツが解決図る方針 韓国側、撤去の動きと反発
 ドイツ・ベルリン市ミッテ区に設置された少女像=2020年11月(共同)
 【ベルリン、ソウル共同】ドイツの首都ベルリンに設置されている従軍慰安婦の被害を象徴する少女像について、ベルリンのウェグナー市長は16日に東京で上川陽子外相と会談し「変化を起こすのが重要だ」と述べ、解決を図る方針を示した。ドイツ政府などと協議しているという。ベルリン市が20日までに発表した。日本政府は撤去を求めている。
 設置したベルリンの韓国系市民団体「コリア協議会」は、撤去へ向けた動きだとして「日本政府の圧力に屈した」と反発。一方で韓国外務省当局者は20日、設置は「追悼や教育の意味で地域と市民社会が自発的に進めたものだ」とし「民間レベルの活動に韓日両国の政府が関与するのは望ましくない」との考えを示した。
 日本側は岸田文雄首相が2022年、来日したドイツのショルツ首相に撤去に向けた協力を直接要請していた。
 少女像は、コリア協議会が20年にベルリン市ミッテ区に区の許可を得て設置した。台座には英語で「第2次大戦中、日本軍は少女や女性を強制連行し性奴隷にした」と記された。
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 6月19日 YAHOO!JAPANニュース 中央日報日本語版「ベルリン少女像設置4年ぶりに撤去の危機…管轄区役所「許可延長不可」
 少女像
 ドイツのベルリンに設置された「平和の少女像」が4年ぶりに撤去される危機にある。
 聯合ニュースによると、ベルリン市ミッテ区役所は18日、少女像と関連し「特別許可が一度延期されてからは文言を修正する条件で容認している状態。この協議が失敗しこれ以上許可を延長できない」と明らかにした。
 【写真】ベルリン・ミッテ区モアビートに設置された平和の少女像
 ベルリン少女像の碑文には第2次世界大戦当時に日本軍がアジア太平洋全域で女性を性的奴隷として強制的に連れ去り、こうした戦争犯罪の再発を防ごうとキャンペーンを行う生存者の勇気に敬意を表すという説明が含まれている。正義記憶連帯が寄贈したとも記されている。日本はこのうち「性的奴隷」などの表現が事実と異なると主張している。
 ベルリンの平和の少女像は設置過程から日本の強い反対を受けた。在独市民社会団体コリア協議会が2020年9月に1年の期限でベルリン市ミッテ区モアビートに少女像を設置すると、日本政府はミッテ区役所に強く抗議した。ミッテ区役所がこれを受け入れ碑文の内容を事前に知らせていない点を問題にして設置2週間後に撤去命令を下したが、コリア協会がこれに対し訴訟を起こし区役所は撤去命令を保留した。
 その後少女像特別許可を2022年9月28日まで延長した。その後は事実上法的根拠なく公共の場所に設置された少女像を裁量で「容認」しているというのが区役所の立場だ。
 区役所は「2024年9月に容認期間が満了すればコリア協議会が区役所の撤去要請を受けることになるだろう」と明らかにした。
 これに対しコリア協議会は「文言と関連し区役所がまともに協議を要請したことはない。いまからでも文言修正をはじめとして協議する準備はできている」とした。
 ベルリン少女像存続問題は先月東京を訪問したベルリン市のウェグナー市長が「これ以上一方的表現があってはならない」として撤去を示唆してふくらんだ。市民団体は管轄区役所の行政に市が干渉すべきでないと反発してきた。
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 6月19日 MicrosoftStartニュース Record China「ドイツ・ベルリンの慰安婦像が撤去の危機、区庁が碑文の文言を問題視=韓国ネット「当然の結果」
 19日、韓国・毎日経済によると、ドイツのベルリン市に設置されている旧日本軍の慰安婦を象徴する「平和の少女像」が撤去の危機に瀕している。
 © Record China
 2024年6月19日、韓国・毎日経済によると、ドイツのベルリン市に設置されている旧日本軍の慰安婦を象徴する「平和の少女像」が撤去の危機に瀕している。
 記事によると、ベルリン市ミッテ区庁は18日(現地時間)、少女像について「特別許可が一度延長され、その後は碑文の文言を修正する条件で認めている状態だったが、この協議が失敗に終わったためこれ以上許可を延長できない」と明らかにした。
 少女像の碑文には「第2次世界大戦時に日本軍はアジア・太平洋全域から女性を性奴隷として強制連行した」「このような戦争犯罪の再発を阻止するために活動する生存者たちの勇気に敬意を表する」などの内容が記されている。
 ミッテ区庁は20年9月に少女像が設置されたときも、碑文の内容を事前に知らせなかった点を問題視し撤去命令を出した。しかし、少女像を設置した在ドイツ市民団体「コリア協議会」の仮処分申請により保留された。ミッテ区庁は少女像の特別許可を22年9月28日まで延長し、その後は公共の場に設置された少女像を裁量で容認しているという。ミッテ区庁は「24年9月に容認期間が満了すれば、コリア協議会に撤去を要請する」との立場を示した。
 一方、コリア協議会は「碑文に関して区庁から正式に協議を要請されたことはない」「今からでも、碑文の修正などを協議する準備はできている」と話したという。
 この記事を見た韓国のネットユーザーからは「日本のロビーに負けたのか」「韓国の外交部は何をしているの?」「韓国政府は知らんぷり」「韓国政府の立場を聞いてみたい」「日本は政府が積極的に動いている。韓国は政府が積極的に日本をサポートしている。撤去は当然の結果」など、韓国政府への不満の声が数多く上がっている。
 一方で「早く撤去して。他国に迷惑をかけないで」「なぜ少女像を世界中に設置しようとするのか。『私たちかわいそうでしょ』とアピールしているようで恥ずかしい」との声も見られた。(翻訳・編集/堂本)
 関連するビデオ: 元慰安婦ら「屈辱外交」と抗議 日韓首脳会談の直前に… (テレ朝news)
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 6月19日 YAHOO!JAPANニュース 共同通信「伊、公有地に慰安婦少女像設置 韓国団体が22日に除幕式
 イタリアでの少女像設置について発表する韓国市民団体、正義連の李娜栄理事長=19日、ソウル(共同)
 【ソウル共同】旧日本軍の従軍慰安婦だった女性らを支援する韓国市民団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連)は19日、イタリア西部サルデーニャ島の公有地に慰安婦被害を象徴する少女像を設置し、22日に除幕式を開くと表明した。正義連によると、欧州の公有地に同様の像が設置されるのは2020年のドイツ・ベルリンに次ぎ2カ所目。
 正義連は昨年12月、地元自治体に設置を提案し、議会は今年1月に承認した。これを受け、観光客も多く訪れる海辺に今月中旬に設置したという。碑文は慰安婦問題を「大勢の女性を拉致して性奴隷にするなど、ホロコーストユダヤ人大量虐殺)に匹敵する犯罪」と明記。
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 6月19日 6:12 YAHOO!JAPANニュース 文春オンライン「韓国も日本も真実に基づかない運動に騙されてきた――韓国の歴史学者が実証研究で明らかにした「慰安婦問題」の真実
 ©AFLO
 「日本軍慰安婦問題」は、長年、日韓の間で大きな問題とされてきた。この問題をめぐって、しばしば激しい反日運動が起きたことも記憶に新しい。しかし、韓国の歴史学者、知識人の間で、植民地時代の朝鮮について、実証的な研究を行い、それまでの反日的な歴史観は間違いだったことを論証する人々が現れた。
 【写真】この記事の写真を見る(3枚)
 それが一冊にまとまったのが李栄薫編『反日種族主義』である。そのメンバーの一人である著者の朱益鍾氏は、反日運動の核のひとつであった慰安婦問題を取り上げ、膨大な資料に基づき、「慰安婦問題」の事実を明らかにした。その最終結論ともいえる『 反日種族主義「慰安婦問題」最終結論 』(文藝春秋)より、プロローグを一部抜粋して紹介する。(全2回の1回目/ 2回目 に続く)
 「反日集会」の参加者が激減
 二〇一九年の光復節【編集部注:8月15日。1945年のその日、日本の統治から脱した、として韓国では祝日に定められている】前日である八月一四日水曜日、ソウル市の温度計は摂氏三五度まで上がっていた。その日の正午、ソウル市鍾路(チョンノ)区にある日本大使館の前で開かれた第一四〇〇回水曜集会【編集部注:慰安婦問題に対する日本政府の公式謝罪及び金銭的・法的賠償を要求して開かれている集会。1992年1月8日から毎週水曜、日本大使館前で行われている】の現場はさらに暑かった。
 二万人を超える参加者たち(集会主催側の推計)が四車線の道路を埋め尽くし、「日本政府は、日本軍慰安婦が国家の政策として行われた戦争犯罪であることを認めろ」「日本政府は被害者たちに謝罪しろ」と熱っぽくスローガンを叫んだ。その一カ月余り前から、いわゆる徴用賠償判決をめぐる日韓の衝突が起きていた。大統領民情首席秘書官職から退いたばかりの曺国(チョグク)法務部長官候補は、日本に対抗し竹槍を持てと煽動し、「行きません、買いません」という日本への旅行の忌避や日本商品の不買運動が広がり、商店の棚から日本のビールが姿を消すなどの、まさに反日の暴風が韓国中に吹き荒れていた。
 それから三年七カ月経った二〇二三年三月一五日の水曜集会には、二〇人余りの参加者が本来の集会場所から離れた所に集まった。一方、彼らを批判する反日銅像撤廃及び慰安婦法廃止を目指す運動家たちの集会には、それより遥かに多い九〇人余りが集まった。反水曜集会が水曜集会を圧倒したのである。その間、いったい何が起きていたのか。
 実証研究がベストセラーに
 二〇一九年夏、韓国の幾人かの知識人たちが『反日種族主義』という本を出し反日の暴風に立ち向かった。編著者の李栄薫(イヨンフン)教授は生涯をかけた経済史研究を通し、朝鮮後期の資本主義萌芽論や日本による植民地収奪論などの韓国史学界の虚構の歴史認識を打ち壊した。さらに朝鮮王朝がなぜ衰亡したのか、植民地化とともにどのように近代文明が導入されたのか、独立後の大韓民国の驚くべき発展がなぜ成し遂げられたのか等を徹底して事実に基づき究明した。彼は後に続く学者たちとともに、当代の韓国人たちの間に広がっていた反日種族主義を打破しようとした。
 筆者も執筆に加わったその本は、韓国人が植民地時代に対して持っている歴史認識というものは作り出された話、すなわち虚構(フィクション)であることを痛烈な筆致で暴露した。今日多くの韓国人たちは、帝国主義下にあった日本が、旧韓末【編集部注:大韓帝国末期】の混乱期に朝鮮の領土だった竹島(韓国名は独島(トクト))を奪い取り、土地調査事業の過程で朝鮮人を虐殺し、土地を奪い、米を収奪し、朝鮮人数百万人を労働力として強制動員し、かつてアフリカで行われた奴隷狩りさながらに朝鮮の少女たちを銃剣で脅して連行し、日本軍の性奴隷にしたと信じている。この本は、このような韓国人の近現代史認識は根拠のない作り話であり、この嘘の話を鵜呑みにしている韓国人たちが日韓関係、更には米韓関係を破綻させているのが現在の大韓民国の危機の根源であると喝破した。
 この本に対し、反日種族主義に染まった学界と言論界に従事する者たちが悪意に満ちたとげとげしい非難を浴びせかけてきたが、一方で本に共感する人々も多かった。この本は学術教養書としては異例の一一万部以上の超ベストセラーとなった。
 慰安婦運動内部で次々不正が発覚
 二〇二〇年五月には、慰安婦運動を牛耳(ぎゅうじ)ってきた正義記憶連帯(以下「正義連」とする)の前理事長・尹美香(ユンミヒャン)による後援金横領疑惑が暴露された。驚くべきことに暴露したのは、尹美香と手を結び慰安婦運動の顔ともなっていた元慰安婦の李容洙(イヨンス)だった。彼女は、尹美香が元慰安婦たちを利用して集めた国民からの寄付金を私的に流用し、更には私欲にかられて国会議員にまでなったと批判した。このことはすぐにソウル市と政府から支援金を貰っている慰安婦運動組織・正義連と、その前身である韓国挺身隊問題対策協議会(以下「挺対協」とする)の会計不正及び寄付金橫領疑惑へと広がった。
 警察による捜査が進んでいた六月、この横領疑惑の内幕を知る麻浦(マポ)区にある慰安婦センター「平和のわが家」の管理所長が謎の自殺を遂げた。文在寅(ムンジェイン)政府の検察はその年の九月、尹美香を業務上横領、詐欺などの疑いで起訴した。しかし、文在寅が任命した金命洙(キムミョンス)大法院長【編集部注:日本でいえば最高裁判所長官】のもとにある地裁は二年半にもわたるモタモタ裁判の末、二〇二三年二月、一七〇〇万ウォンの横領のみを事実として認め、一五〇〇万ウォンの罰金刑を宣告した。尹美香はこの判決で免罪符を得たかのように意気揚々としていたが、九月の二審判決では懲役一年六カ月、執行猶予三年を言い渡された。(略)
 慰安婦運動家らが主張し、その間、大多数の韓国人が信じてきた慰安婦の物語は、果たして本当なのかという懐疑が広がり始めた。朝鮮人少女は本当に日本の官憲に強制連行されたのか、彼女たちは本当に慰安所で報酬も貰えず日本軍に集団強姦され、日本の軍人と業者に暴行拷問されたのか、そして本当についには日本軍が敗走する戦場に捨てられ虐殺されたのか、と。
 事実と食い違う証言
 実のところ、慰安婦運動に関わる韓日の慰安婦問題研究者たちの行ってきた研究自体が、その運動の真実性に疑問を抱かせるものだったのである。一九九〇年一一月の挺対協の結成、一九九一年八月の元慰安婦・金学順(キムハクスン)の最初の証言、一九九二年一月の水曜集会の開始から今に至る三〇年余りの間、慰安婦関係の資料が数多く発掘され、それらを分析した研究が多数出された。そして、その大多数の研究者は、結論として一様に「慰安婦は強制連行された性奴隷だった」と主張してきたが、彼らが資料の分析を通して実際に示した事実はその主張とは食い違っていた。
 強制連行、強制動員の客観的証拠はなかった。日本の軍人や官憲に強制連行されたことが客観的資料により明らかにされた慰安婦は一人もいなかった。性奴隷であったことは事実として立証されておらず、「私たちがなぜ性奴隷なのか」と反発する元慰安婦もいた。慰安婦運動家たちができるのは、「被害者がまさか噓をつくわけがない」「被害者の涙が証拠だ」と元慰安婦たちの証言の肩をもつことだけなのである。
 日本軍による強制連行、虐待、暴行を語った元慰安婦の証言。しかし、それらの証言をあらためて検証すると――? へ続く
 朱 益鍾/ノンフィクション出版
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 6月19日 YAHOO!JAPANニュース 文春オンライン「日本軍による強制連行、虐待、暴行を語った元慰安婦の証言。しかし、それらの証言をあらためて検証すると――?
 『反日種族主義「慰安婦問題」最終結論』より#
 朱 益鍾12時間前
 「日本軍慰安婦問題」は、長年、日韓の間で大きな問題とされてきた。この問題をめぐって、しばしば激しい反日運動が起きたことも記憶に新しい。しかし、韓国の歴史学者、知識人の間で、植民地時代の朝鮮について、実証的な研究を行い、それまでの反日的な歴史観は間違いだったことを論証する人々が現れた。
 それが一冊にまとまったのが李栄薫編『反日種族主義』である。そのメンバーの一人である著者の朱益鍾氏は、反日運動の核のひとつであった慰安婦問題を取り上げ、膨大な資料に基づき、「慰安婦問題」の事実を明らかにした。その最終結論ともいえる『反日種族主義「慰安婦問題」最終結論』(文藝春秋)より、プロローグを一部抜粋して紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
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 辻褄の合わない慰安婦証言
 挺対協が関わる慰安婦証言集の中から、「慰安婦」キム・ウィギョンの証言をかいつまんでみてみよう。
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 一九一八年、京城(編集部注:現・ソウル)の太平(テビョン)通りで生まれたが、家は貧しかった ……二〇歳になった一九三八年の春だったか秋だったか、二人の日本の軍人が、私が一人でいる家に来た。彼らは「軍人たちの所に行こう」と噓をつき、汽車の駅に私を連れていった。
 そして馬を載せる貨車に八人の女性と一緒に乗せられた。京城の女性、全羅道の女性、慶尚道の女性など、みな捕らえられて来たのだった。……
 突然汽車が止まったと思ったら、一群の日本軍が汽車に押しかけてきて、無理やり貨車の戸を開けた。汽車には全部で三〇人余りの女性たちが乗っていたが、日本軍は私たちをみな野原に引きずり出し輪姦した。女性たちが死に物狂いで反抗すると、日本軍は刀で威嚇し銃床でなぐり始めた。私はなぐられ、身体中傷だらけになり血まみれになった。幾人かの女性は逃げようとしたが、むやみやたらに銃で撃たれ弾に当たって死んだ。……
 汽車は南京の、とある河の北側に到着した。私たちは馬小屋で過ごしたが、数日間は食べるものもなく飢えるしかなかった。私たちは昼は日本軍の服を洗い、夜は日本軍に蹂躙された。この部隊はときには数百人にもなった。……
 南京に一年ほどいたが、その後、車に乗せられて部隊について回り、宣昌(二年)や長沙(四年)に移った。……日本の軍人たちがお金をくれたが、日本が負けるとそれには何の価値もなくなった。(韓国挺身隊研究所 2003年)
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 私には理解しがたい証言である。日本の軍人が白昼に京城のある民家に押し入り「軍人たちの所に行こう」と言って女性を引っ張っていった、そうやって引っ張っていった女性たちを汽車に乗せ、遠く中国にまで連れていった、そして、どこかで汽車が止まると、別の日本軍が束になって押しかけてきて女性たちを強姦し、逃げる女性たちは銃で撃ち殺したというのである。女性たちが逃げたとしても、軍人だったらたやすく捕まえられたはずで、せっかく遠くまで連れてきた女性たちを、そんなに簡単に銃で撃ち殺したりするだろうか。そもそも、苦労して女性たちを引率してきた側の軍人たちは、押しかけてきた側の軍人たちが彼女たちを銃で撃ち殺したりしても、指をくわえて見ていたのだろうか。年老いた元慰安婦が辻褄の合わない話をするというのは、ありがちなことではあるが、この証言を採録した者が何の事実確認作業もしなかったというのは、私にはまるで理解できない。
 理解しかねるのは、有名な慰安婦運動家の李容洙の証言も同じである。一九九三年に刊行された初の慰安婦証言集で李容洙は、友人の母親から、友人と一緒に良い所に仕事に行くよう提案され、こっそり家出したと証言している。日本人の男から赤いワンピースと革靴を貰い、とても嬉しくて彼についていったという話だった。李容洙は一九九二年八月一五日に放送されたKBSテレビの「生放送 女性、私は女子挺身隊」という番組でも「私はそのとき一六歳で、貧しくてボロしか着られず、ろくに物も食べられずにいたのだけれど、誰だったか赤いワンピース一着と革靴一足を持ってきてくれました。それを渡されながら行こうと言われ、それを貰って、そのときは何も知らずに、いいよと言ってついてゆきました」と証言していた。
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 ところが後日、李容洙は、日本の軍人や官憲に強制的に連れてゆかれたと証言を変えた。特に二〇〇七年二月一六日の米国議会の聴聞会では、「軍人と女の子が入ってきて肩をこう摑み、片手で口を塞ぎ、背中に何かを突きつけながらそのまま連れてゆきました、夜に」と証言した。米国議会の聴聞会という重要な席でようやく、それまで口にできなかった真実を述べたのか、それとも、あまりにも重要な場だったので意図的に噓をついたのか。このことについて慰安婦運動家たちは、何の言及もしようとしない。
 透き通った目で資料を読む
 慰安婦がいかなる存在だったのか知っていた同時代の人たちは、慰安婦を日本による植民地支配の被害者とはみなさなかった。韓日請求権交渉においても、慰安婦は韓国側の被害事例として提起されなかった。日本軍慰安婦が存在していたときから四〇年余りが経ち、その記憶を持つ人たちがいなくなると、新たな慰安婦の物語が作られ始めた。
 道ばたで、村の井戸ばたで、あるいは我が家で日本の軍人や官憲に捕まえられた朝鮮人少女が、 日本による侵略戦争の戦場に引っ張ってゆかれ慰安婦にさせられた。朝鮮人少女は日本軍の性の慰み者として酷使されたばかりでなく、日本の軍人に虐待され暴行された。そしてついには日本の敗戦時、その少女らはふるさとに帰れず虐殺された。運よく生きて帰ってきた少女らは、後日おばあさんになってようやく慰安婦の実態を告発し、日本を糾弾した。
 この慰安婦の物語は、強制動員された徴用工の物語とともに韓国人に強烈な反日感情反日主義を呼び起こした。自分の姉妹が、娘が日本軍に連れてゆかれて性の慰め者になったとしたら、どうして怒らずにいられるだろうか。この物語を作り出し慰安婦運動を主導した挺対協、正義連は、ついに政府の対日外交まで牛耳るに至った。その結果、二〇一〇年代末の慰安婦運動と徴用 工運動は韓日関係を破綻状態に追い詰めた。
 歴史の真実を明らかにしようとする幾人かの勇気ある歴史家たちが、慰安婦の真実を語り始めた。そしてまた、慰安婦運動家たちの間の内輪揉めによりその黒い内幕も一部露わになった。ついに真実の時間が訪れた。慰安婦関連資料はその間、とてつもない量にまで蓄積された。反日の色眼鏡をはずし、透き通った目でこれらの資料を読みさえすれば、日本軍慰安婦制がどのようなものであったのか、きちんと把握できる。さあ、一緒に日本軍慰安婦制の内幕を探る旅に出よう。
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