🗾7〕─6─縄文人はどこから来た。古代ゲノム研究から見えてきたこと。〜No.36No.37 

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 2024年11月2日 YAHOO!JAPANニュース Yahoo!ニュース オリジナル 特集「縄文人はどこから来た? 遺伝をめぐる“誤解” 古代ゲノム研究から見えてきたこと #令和の人権
 太田博樹教授の研究室には、本物の骨とレプリカが置かれている。左から、チンパンジー、オランウータン、ゴリラの頭蓋(本物)、ゴリラの下顎(本物)、猿人
 「ゲノム」(genome、遺伝情報)が身近になってきた。自分の体質や「ルーツ」がわかるとうたう検査キットが数万円で利用でき、ダイエット目的や単純な興味で購入する人が増えている。一方で、結果をうのみにしたり、遺伝だけでは決まらないものが「わかる」とされたりするなど、遺伝にまつわる誤解も広がっている。ゲノム人類学が専門の太田博樹さん(東京大学教授)は、「遺伝学は差別につながるとして忌避される傾向にあったが、もはや避けては通れない。ちゃんと理解して、差別のない社会を目指す方向に進むべき」と話す。太田さんに、古代ゲノムが明らかにすることや、現代社会に生きる私たちがそれをどう受け止めるべきかなどについて聞いた。(取材・文:藤井誠二/撮影:鈴木愛子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
 遺伝子検査が「『人種』という概念を再生産しているところがある」
 筆者の遺伝子検査の結果を見ながら説明する太田教授
 去る8月30日、DNA(デオキシリボ核酸)をめぐるある判決が言い渡された。暴行の罪で起訴されたものの無罪となった男性が、警察当局が採取したDNA型・指紋・顔写真の抹消を国に求めた裁判。名古屋高等裁判所は一審同様、抹消を命じた。判決は、DNAという「究極の個人情報」を捜査機関がみだりに保持するのは憲法違反とし、関連する法律の整備を求めた。重要な司法判断だ。
 遺伝情報の利用には、ゲノム医療などのポジティブな側面がある一方、差別や偏見の温床になる危険をはらむ。
 個人が利用できるさまざまな「遺伝子検査サービス」もある。ウェブサイトで検査キットを購入し、唾液を送ると、健康情報や体質、「祖先ルーツ」などの解析結果が返送される。数万円程度で利用できるが、データ解析・解釈の科学的根拠が明らかではない場合がある、さらに解析結果に疑問や不安が生じた時のサポートが十分ではないなどの問題が指摘されてきた。
 古代ゲノム研究の日本における第一人者、東京大学教授の太田博樹さんはこう話す。
 「遺伝子検査による祖先(ルーツ)解析は、欧米では大流行しましたが、日本ではそれほどでもありませんでした。欧米で流行した理由は、『○%ドイツ人』『○%イタリア人』という具合に意外なルーツが表示される面白みですが、日本の場合、たいてい『100%日本人』と表示されるんです。中国や韓国が数%入ることがあるかな、というぐらい。それは当たり前で、参照しているデータベースに大陸のデータが細かく入っているわけではないし、欧米ほど移動していないから、『日本列島にいました』というストーリーを売るだけになってしまう」
 この場合の「100%日本人」は、「数百年前ぐらいから、現在日本国とされているエリアに住んでいた人がご先祖ですよ」というくらいの意味しかないのだが、あたかも「純粋な日本人」という「人種」が存在するように読めることも、差別に悪用されるリスクがつきまとう。
 「遺伝学的には『人種』の概念は否定されています。そんなことはもう常識なんだけど、そういった遺伝子検査が『人種』というアイデア(概念)を再生産しているようなところはありますね」
 では、病気予防に利用するなら問題ないのか。
 「そもそも病気は環境要因が大きいし、遺伝性があることと遺伝的に決まることは一致しないのに、そういった基本的なことを理解しないまま、重篤な疾患を予告されたらどうするのでしょうか。僕は遺伝カウンセラーの充実が必要だと思っていますが、医療従事者の介在なしで医学的な情報を受け取ることについて、十分に対策されていないと思います」
 欧米や韓国、オーストラリアなどでは、遺伝情報による差別を禁止したり、医療以外での検査を制限したりする法律を定めている。日本では、2023年に成立した「ゲノム医療推進法」で、医療分野での遺伝情報の保護と差別等への適切な対応が定められたが、それ以外は未整備だ。
 この数十年で遺伝についての研究が大幅に進んだ。中学校や高校の教科書も少しずつ変わっている。しかし、大人になった後に遺伝について学び直す機会はほとんどない。
 「日本では長い間、ヒトの遺伝学は忌避されてきました。差別を生むからという理由です。『ヒトの遺伝については教科書に書くな』という主張は強かったし、僕もかつて言われました。でももうそういう状況じゃない。むしろ、ちゃんと理解することが重要です。遺伝は怖いものではなく、みんなが持っている情報なんです。ゲノム教育をきちんとしたほうが、差別を乗り越えられると思います」
 縄文人は南回りルートで来た? 地球上に「純○○人」はあり得ない
 太田さんの研究室にある本物の骨とレプリカ。一番手前(半分見えている)がチンパンジー、次がオランウータン、ゴリラの頭蓋(本物)、ゴリラの下顎(本物)、猿人、一番奥がネアンデルタール人
 ゲノムとは「生物の遺伝情報の総体」だ。遺伝情報の本体はDNAという物質。長い紐状のDNAはヒストンというタンパク質に巻き付きながら小さく折りたたまれ、染色体を形作る。染色体は細胞核の中にある。
 太田さんは、古代DNAから「人間とは何か」を探る研究をしている。具体的には、考古遺跡などから出土する人骨のDNAを解析し、人類集団における遺伝子のバリエーションを研究する。
 約30億もの塩基対で構成されるというヒトゲノムの解読計画が完了したのが2003年。遺伝子の変異がデータベース化されて、包括的に参照できるようになった。加えて、ネアンデルタール人のゲノムが解読され、それと比較することで、ホモ・サピエンス固有の変異が明らかになった。
 太田さんは、1992年に古代DNAをテーマとして研究を始めた。1997年に東大で博士号を取った後、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所に留学したが、2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞したスヴァンテ・ペーボさんは、同研究所の創設者の一人である。太田さんも親しく接した。
 「ゲノム人類学は新しい学問です。ホモ・サピエンスの起源はアフリカだと科学的に言えるようになったのはたった30年前。それまでは、アジア人は北京原人の子孫だといった仮説を支持する研究者も多かったし、検証することも難しかった。アフリカ単一起源で固まったことによって、あいまいだったことがはっきりしてきたんです」
 「人種」についてゲノム科学が明らかにすることと、人々の素朴な感情は時に衝突する。太田さんには、それを実感する出来事があった。
 太田さんは、2012年ごろから数年間、琉球大学と共同で沖縄の先島諸島で調査を行った。先島諸島は台湾と地理的に近いので、ゲノム的に両者になんらかの共通点が見いだせるのではないかと考えたからだ。宮古島石垣島の高校生に協力してもらって唾液を採取し、ミトコンドリアDNAを台湾の先住民のデータと比較した。検体提供者には、少なくとも祖父母の代より前から先島諸島に住んでいる人を選んだ。そうしたところ、予想に反する結果が導き出された。
 「地理的に近い台湾よりも、アイヌやメインランド(本州)のジャパニーズと遺伝的な関係をより強くシェアしていることがわかったんです」
 発表した論文が沖縄の地元紙に大きく取り上げられると、民族的なイデオロギーに依拠した感情的な意見がいくつか寄せられたのだ。「その結果を認めたくない」というものだ。那覇でイベントに登壇した際に直接言われたこともあった。
 「『沖縄と本州は違わないと学者さんは言うけれど、やっぱり我々は違うと思っている』と言われました。科学で説明されることと、民族の歴史や文化を混同されたのだと思います。僕は、先島諸島は日本と一体であると主張したかったわけじゃない。台湾の先住民とはゲノム上の関係を見つけることはできませんでしたよ、というだけです。別の調査でも、沖縄の島々はやはり本州とクラスターする(相互に関連する)。比較的最近、日本列島からのジーンフロー(一つの集団から別の近縁の集団へと遺伝子が流入すること)を受けているように見えます。おそらく3千年以内のことです。3千年は、ゲノムの世界では最近と言っていい」
 太田博樹さん
 太田さんの補足によれば、約3千年以内の本土日本人のゲノムは、大陸からのジーンフローを受けている。それよりも前、縄文文化の時代(1万6千年前から3千年前)に日本列島に住んでいた人たちが「縄文人」だ。では、縄文人と呼ばれる人たちはどこから来たのか。
 その足取りの一端を、太田さんらの研究チームが明らかにした。縄文人は、タイの奥地に暮らす少数民族マニ族の祖先とゲノムの多くの部分を共有していたのだ。2018年に論文として発表した。
 「もともとは、ラオスの遺跡から発掘された8千年前の人骨のDNA解析に成功したことが土台になっています。タイやラオス周辺には『ホアビニアン』と呼ばれる狩猟・採集文化が存在し、その継承者と考えられる狩猟採集民が現在も暮らしていますが、発掘されたのは『ホアビニアン文化を持つ8千年前の骨』でした。ホアビニアンの直接の子孫の一つがマニ族です。ホアビニアン人骨のゲノムと似たゲノムを持っているグループを探していくと、東南アジアの古人骨と並んで、日本列島の古人骨である縄文人が浮かび上がってきた。こんなに近いんだとびっくりしました」
 約6万年前にアフリカを出たホモ・サピエンスは、いくつかのルートで移動し、枝分かれしながら世界各地へ散っていった。その中に日本列島にたどり着いたグループがいたわけだが、南回りで東南アジアからやってきたのか、北回りでシベリア経由でやってきたのか、研究を始めた当時はわかっていなかった。
 「何万年も前に日本列島にたどり着いた人たちを『日本人』と呼べるのか。僕ら研究者は、『日本列島に住んでいる/住んでいた人』という言い方をすることが多いですね」
 遺伝子のスケールで考えれば、国民国家が形成された時代などごく最近だ。
 「日本人に限らず、地球上に『純○○人』はあり得ない。それをユニバーサルな感覚と捉えて心地いいと思う人もいれば、『日本人』を太古からの一つの血のつながりの集団みたいなものだと思っている人は、僕が言っているようなことは不快だと感じるかもしれません」
 ゲノム科学が「現代社会に生きる私たちの『人種』の認識を変えていく」
遺伝子検査キットの話に戻るが、「祖先解析」に「ハプログループ」という言葉が出てくる。筆者があるキットを利用してみたところ、祖先は「ハプログループB」と出た。日本人の8人に1人が該当する、2番目に多いグループだそうだ。
 太田さんによれば、「ハプロ」とは「片方の側からの」という意味で、対義語は「デプロ」(両方からの)だ。母系しか伝わらないミトコンドリアDNA多型で分類されるので「ハプロタイプ」とか「ハプログループ」と呼ばれる。日本人集団では10から20もの種類が見られ、多い順にD(D4、D5)、B(B4、B5)、M7(M7a、M7b、M7c)……といった具合。
 「僕はこれがあまり好きじゃなくて。タイポロジー(個人を類型化して把握しようとすること)だと思っているので。消費者に伝えておくべきこととしては、タイプの出現頻度は時代とともに変わっていきます。今はグループDが一番多いけど、いずれ変わるし、縄文時代はM7aとN9bがほとんどだった。だから、どう物語るかによるんですよね。グループBなら、『3千年前に日本列島に入ってきたグループですよ』とも言えるし、『1万年前に誕生したグループで、オセアニアに行った人たちと同系統ですよ』とも言える。消費者がどのように受容したいかによると思うんです」
 太田博樹さん
 筆者が利用したサービスでは、「ハプログループB」は「約4万6千年前に、ユーラシア大陸を海岸沿いに移動してきた集団の中から、インドシナ半島で誕生した」後、「環太平洋に沿って南米の方まで、南の方はポリネシアの方までと幅広く拡散したと考えられています」と書かれていた。要するに、判明するのは、自分が分類されるハプログループが発生した地域と移動ルートということになる。
 とはいえ、それを知るだけでも、今ここにいる自分という存在は、途方もない時間のなかで他人同士が出会い、混じり合った結果であると感じることができた。娯楽の一種だと割り切れば、はるか遠い祖先に想いを馳せるロマンは悪くない。
 今後、ゲノム科学はますます進化し、遺伝子検査もよりカジュアルになっていくだろう。「自分の遺伝情報をどのように受け入れるか」といったことも考えなくてはならない時代がやってくる。遺伝情報を差別や偏見と結びつけないためにはどうすればいいのか。
 太田さんは、遺伝と個人の関わりについて、著書でこのように書く。
 〈DNAで個体識別や身元調査することは可能である。しかし、逆にいえば、頑張らないと差違を検出できないくらいヒトは均質だ。それゆえ現代科学において生物学的な意味で『人種(race)』の存在は否定されている。そして、一人ひとりの個人のアイデンティティは、DNAの系譜の中にあるわけではない。その人が生きてきた歴史の中にある〉(『ゲノムでたどる古代の日本列島』)
 太田さんは、「ゲノムを社会から遠い存在にしたくない」と話す。
 「ヒトの遺伝情報は99.9%までが共通です。残りのわずか0.1%の差異が、環境要因や突然変異と相まって、性別や皮膚の色や病気の有無などとして現れる。僕は、遺伝を科学的に理解することによって、『人種』や『民族』の概念や、病気の捉え方が変わり、そのような認識の変化が差別や偏見を減らしていくのではないかと期待しています。ヒトゲノム解読計画の完了から二十余年。学問にゲノムを導入する試みはまだ始まったばかりです」
 太田博樹(おおた・ひろき)
 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授。1968年生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了、博士(理学)。マックス・プランク進化人類学研究所、イエール大学の研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科助教北里大学医学部解剖学准教授を経て、2019年から現職。専門はゲノム人類学。著書に『遺伝人類学入門』『古代ゲノムから見たサピエンス史』、共著に『ゲノムでたどる古代の日本列島』など。

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 藤井誠二(ふじい・せいじ)
 ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。著書に『「少年A」被害者遺族の慟哭』『殺された側の論理』『黙秘の壁』『沖縄アンダーグラウンド』『路上の熱量』など多数。近著に『贖罪 殺人は償えるのか』。
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