🎍46〕─3・④─貴族社会の陰りが見えた刀伊の入寇の「ダメ対応」。平和主義の平安貴族。~No.146 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 憲法九条では、刀伊の海賊から日本を守れない。
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 2024年12月9日 MicrosoftStartニュース 婦人公論.jp「<黒光る君>こと実資「命をかけた彼らを軽んじるなどあってはならぬ!」に視聴者感嘆「今や<実資様が芸人してる>に…」「先の戦争から80年は現代も同じ」「『光る君へ』のMVP」
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 12月8日の『光る君へ』
 現在放送中の吉高由里子さん主演・大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合/毎週日曜夜8時ほか)。第47回「哀しくとも」が12月8日に放送され、話題になっています。
 *以下、第47回「哀しくとも」の放送内容と次週予告のネタバレを含みます。
●「哀しくとも」あらすじ
 まひろたちは異国の海賊との戦いに巻き込まれ、敵の攻撃で、周明(松下洸平さん)が倒れる。一方、朝廷にも攻撃による被害状況が伝わり、動揺が広がる中、摂政・頼通(渡邊圭祐さん)は対応に動かず、太閤・道長柄本佑さん)への報告も止めてしまう。
 そんな事態を歯がゆく思う実資(秋山竜次さん)の元に、海賊との戦いを指揮する隆家(竜星涼さん)から文が届く。
 やがて異国の脅威を知った道長は、まひろの安否が気になり……
 刀伊襲来を道長に伝えた実資
 ドラマ前半、異民族「刀伊」への対応で混乱する朝廷。道長の息子で摂政の頼通は、出家した父・道長にその襲来について伝えるのを躊躇します。
 しかし大宰権帥・隆家と直接文をやり取りしている実資経由で、その状況を知った道長。武者を集めて大宰府に送るよう実資に伝えます。
 対して、文の日付が7日で、報告した今日が18日であることを告げた実資。
 すでに敵が大宰府を陥落し、都を目指している可能性を鑑みて山陽道山陰道南海道北陸道にも警護の武者を配置するべき、と伝えつつ、陣定(じんのさだめ)にはかる旨を道長に告げるのでした。
 そして行われた陣定。
 左大臣・藤原顕光を筆頭に、公季、資平、能信、通任、行成、公任、斉信、道綱、源俊賢ら勢ぞろいした公卿が意見を交わすも、出てくるのは「前例がないので分からない」「様子見」など。そこに遅れて、副音声曰く<のしのし>と実資がやってきます。
 前例にこだわっていては政ができない時代へ
 実資はその場の公卿たちへ「山陽道山陰道南海道北陸道の守りを固めるべし。各地の武者を募るよう手配すべし」と伝えます。
 しかし<皆の意見を摂政に伝える>という結論に至ったのみで、陣定は解散することに…。
 「事は急を要する!」と主張する実資の目には怒りが。
 そしてドラマ中盤で、刀伊を何とか追い払った旨について道長へ報告した実資。
 武力の必要性について道長と話し合うと「平将門の乱以降、朝廷は軍を持たなくなりました。それから80年がたち、まさかこうして異国の賊に襲われることになろうとは」と告げつつ、前例にこだわっていては政ができない時代になった、とあらためて伝えるのでした。
 「何を申すか!」
 さらにドラマ後半。刀伊撃退の功労者・隆家たちの褒賞について検討する陣定が開催されます。しかし撃退から2か月経ってからようやく開催されたこともあり、公卿から大宰府への関心はすっかり失われていました。
 口を開いた行成は、朝廷が刀伊追討の命を出す前に大宰府が戦いを起こしたので、朝廷にかかわりはないと話します。
 さらに公任も、朝廷の命のない戦である以上褒賞は無用、と続けると、実資は「何を申すか!」と突然立ち上がって怒りを爆発させます。
 刀伊が1000人を連れ去り、数百の民や牛馬を殺し、隠岐守をも殺めた以上、これは重大な出来事であり「その敵を撃退した者に褒賞を与えねば、この先事が起きた時、奮戦する者はいなくなるであろう! 都であぐらをかいていた我らが…命をかけた彼らの働きを軽んじるなどあってはならぬ!」と喝破します。
 実資から目をそらす一同。
 それから場面が転換。実資は自らの力が及ばなかったせいで、褒賞がたった一人にしか送られなかった無念さを道長へ伝えるのでした。
 視聴者の反応
 前例のない異民族襲来への対応について、自らの意見を周囲にはっきり伝え続けたロバート秋山さん演じる実資。その態度や主張について、そして秋山さんの演技に感嘆した視聴者間で意見が飛び交っていました。
 たとえばネットでは「最初は<ロバート秋山が平安貴族してるw>だったのに、今では<実資様が現代で芸人してるw>に」「あんなに平安貴族の装束が似合う役者はそうそういない…このドラマのMVP」「<黒光る君>こと実資。視聴者の信頼がここで最高潮に」「現代も、先の戦争から軍隊を持たなくなって80年程。考えさせられる」「実資様のような上司が理想」「1年を通してこの作品を支えたの、実は実資と乙丸の二人」「また大河で見たい俳優になりました」といった声が見られていました。
 大河ドラマ「光る君へ」の主人公は平安時代に、千年の時を超えるベストセラー『源氏物語』を書き上げた女性である紫式部
 彼女は藤原道長への思い、そして秘めた情熱とたぐいまれな想像力で、光源氏=光る君のストーリーを紡いでゆく。変わりゆく世を、変わらぬ愛を胸に懸命に生きた女性の物語。
 脚本は大石静さんが担当しています。
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 12月9日 YAHOO!JAPANニュース MANTANWEB「<光る君へ>公任、どうした!? 道長の前で急に「めんどくさい彼女」感出す 視聴者困惑「何のジェラシーよ」
 NHK大河ドラマ「光る君へ」第47回の場面カット (C)NHK
 吉高由里子さんが主演を務めるNHK大河ドラマ「光る君へ」(総合、日曜午後8時ほか)の第47回「哀しくとも」が、12月8日に放送され、町田啓太さん演じる藤原公任(きんとう)の言動に困惑した視聴者から「どうした!?」とツッコミが入った。
 【写真特集】公任の嫉妬の理由! 続きが気になる場面カット一挙公開!!
 第47回では、まひろ(吉高さん)たちは異国の海賊との戦いに巻き込まれ、敵の攻撃で、周明(松下洸平さん)が倒れる。
 一方、朝廷にも攻撃による被害状況が伝わり、動揺が広がる中、摂政・頼通(渡邊圭祐さん)は対応に動かず、太閤・道長柄本佑さん)への報告も止めてしまう。そんな事態を歯がゆく思う実資(秋山竜次さん)の元に、海賊との戦いを指揮する隆家(竜星涼さん)から文が届く。
 隆家らは刀伊撃退に成功するも、褒章について陣定が行われたのは、それから2カ月後のこと。公卿たちはすでに大宰府への興味を失っていて、公任や行成(渡辺大知さん)も褒章は「無用」だと主張する。
 このとき、他の公卿が隆家ら功労者を軽んじることを「あってはならぬ!」と憤ってみせた実資は、道長の元を訪れると「力及ばず褒章はわずか一人のみ」で、「無念の極みであります」と嘆く、
 そこへ、後からやってきたのが公任。大宰府の件が収まったと知らせにきたつもりの公任だが、道長がすでに実資から報告を受けたことを察し、不機嫌に。
 道長のそばまで近寄ると「隆家は、お前の敵ではなかったのか! ゆえに俺は陣定でもあいつをかばわなかった。お前のために!」と声を荒らげる公任。「伊周亡きあと、お前にとって次の脅威は隆家だ。いっそのこと、戦いで死んでおればよかったのだ。大宰府で、ここれ以上、力を付けぬよう、俺はお前のためにあいつを認めなかった」と、あくまで道長のためを思っての言動だったと訴えた。
 しかし道長は「国家の一大事にあっては隆家をどうこう言う前に、起きたことの重大性を考えるべきである。何が起き、どう対処したのか。このたびの公卿のありようは、あまりにも緩み切っており、あきれ果てた」と公任たちを批判。すると公任は「俺たちをそのように見ておったのか。俺たちではなく、実資殿を信じて……」と、道長の言葉に傷ついた様子だった。
 ここで斉信(金田哲さん)が割って入ってきて、二人のやりとりは終わったが、SNSでは「公任どうした!!?? なんか急に道長への矢印が特大に」「公任どうしたの。実資への嫉妬と道長へのほぼ告白。いや、ほんとどうした」などと視聴者は反応。「何この公任さんの『めんどくさい彼女』しぐさ」「どうした公任…! そんなに道長くん大好きだったん?」「何のジェラシーよ」「公任、急にどうした回だった」といった感想も書き込まれた。
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 12月11日 YAHOO!JAPANニュース Lmaga.jp「貴族社会の陰りが見えた刀伊の入寇の「ダメ対応」…藤原公任の冷たい判断の理由は【光る君へ】
 『光る君へ』第47回より。道長柄本佑)のもとを訪れ、真意を明かす藤原公任(町田啓太)(C)NHK
 吉高由里子主演で『源氏物語』の作者・紫式部(ドラマでの名前はまひろ)の人生を描く大河ドラマ『光る君へ』(NHK)。12月8日放送の第47回「哀しくとも」では、「刀伊の入寇」に対する朝廷の対応のまずさが描かれる回に。そのなかでも藤原公任が、彼らしくない政治的判断をした思わぬ理由に注目が集まった。
 【写真】頼通を叱責する道長
■ 戦った者たちへの褒賞の話が出るが…第47回あらすじ
 「刀伊の入寇」の知らせがようやく朝廷に届いたが、これまでにない事態に、公卿たちの意見もさまざまに分かれていた。藤原実資秋山竜次)から事の次第を聞いた藤原道長柄本佑)は、賊が国内に攻め入った場合の備えを考えるが、息子の摂政・頼通(渡邊圭祐)が選んだのは「様子を見る」ということ。道長は頼通を叱責するが、頼通は「父上がおおせになることが常に正しいとは限りませぬ」と反発するのみだった。
 やがて戦が終えんし、戦った者たちへの褒賞の話が出るが、藤原公任(町田啓太)や藤原行成渡辺大知)らは「朝廷の命なき戦」と突っぱね、褒賞が出たのはたった1人。公任は道長の元を訪れ、戦を指揮した藤原隆家竜星涼)は道長の敵であり、この先の脅威とならぬためにやったことだと、道長に明かす。しかし道長は「こたびの公卿らのありようは、あまりにゆるみ切っており、あきれ果てた」と冷徹に言い放った・・・。
 第22回でも描写されていた…地方に無関心の朝廷
 『光る君へ』第47回より。「刀伊の入寇」に対して静観を決める摂政・藤原頼通渡邊圭祐)(C)NHK
 下手したら日本を侵略するかもしれない外敵を、藤原隆家の指揮のもと、貴族&現地の豪族たちだけで撃退した刀伊の入寇。本来ならば「日本を救ってくれてありがとう!!」と、手放しの称賛+ボーナスで彼らをねぎらってもいいところなのに、目立った褒賞があったのは、壱岐守に任じられた貴族・大蔵種材(朝倉伸二)ぐらい。これは実資じゃなくても「不可解!」と言いたくなる結果だろう。その原因が何だったのかが、第47回では描かれた。
 まず上げられるのは、第22回「越前の出会い」のときでも少し描写されていたように、地方エリアでの朝廷の支配がだいぶ怪しくなってきていたことだ。国守のほとんどは実際の政は現地の役人たちに任せて、自分は彼らからの賄賂やちょっとした商売などで私腹を肥やすということが横行していた。つまりそれは、朝廷は地方の腐敗には無関心=地方がどうなろうとしったこっちゃない、というスタンスだったことを意味する。
 その象徴と言えるのが、道長の息子・頼通くんが、壱岐で多数の死者が出ているということを知りながらも、すぐに都まで攻めてくる恐れはないということを確認して「静観」を決定したことだ。これは頼通の視野が狭いというよりは、その直前の陣定でも見られた通り「すぐに戦おう」なんて意見は少数派。中堅以上の公卿は兵を出すことをためらい、行成に至っては「祈祷しよう」と、現代人的には「はあっ?」ってなることを、真面目な顔で言う始末。
 そんな思考回路だから「九州で抗争がありましたけど、なんとかしときました」なんて報告ぐらいでは「はい、ご苦労さん」程度の、舐めた対応をされてもしょうがない。戦闘に参加した当事者たちはキレても当然というところだが、またしてもこれを上手くまとめたのが藤原隆家様!
 平為賢(神尾佑)に「俺の推挙で国守にするよ!」といって、実際に肥前国を与えることで、地方武士たちの不満を上手く抑え込んだ。もしこのとき大宰府にいたのが行成だったら、本当に祈祷しかしなくて、とんでもない被害が出ていたのではないだろうか。
公任までも道長のために…「F4」の絆に驚き
 『光る君へ』第47回より。憂慮する道長柄本佑)(C)NHK
 しかしこの『光る君へ』では、そういった中央貴族たちの危機意識のなさに加えて、隆家を道長の敵と見なした貴族たちが、彼の力を削ぐ(または戦死してもらう)ために、朝廷が関わることに反対した・・・という説をかかげた。実際に道長の「四納言」のうち、公任と行成は「私闘なので褒賞は不要」という意見を述べたことが記録に残っている。行成は、以前から隆家を敵視するような発言を繰り返していたので理解はできるが、公任までもが道長を守るために、隆家に不利になるよう立ち回ることになるとは思っていなかった。
 これにはSNSでも「公任にしては随分薄情な差配だと思ったら、そういうことだったのかの種明かしに胸アツ」「公任、おまい、そんなに道長くんにクソデカ感情持ってたんかい」など、衝撃を受けた人が多かった模様。
 「俺ってやさしいから」と自分で言っていた公任らしくない、隆家への冷たい態度は、公任が政治的な状況よりも個人的な感情の方を優先したからだった。これは視聴者に「F4」と呼ばれた、道長+公任+行成+藤原斉信金田哲)とのズッ友な関係を、ここまで丁寧に描いてきたからこそ生まれた驚きと説得力だろう。
 だが、まひろに関してはともかく、政治家としては非常に有能な道長にとっては、そんなつまらない私情で、隆家の功績を否定した公任に「そうだよね! ありがとうね!」とはならなかった。おそらくもう彼のなかでは、国防のことを考えなければいけないという段階をとっくに越えて、地方で力を持つ武士たちを今のうちに中央がコントロールするようにしないと、武力が幅を利かせる世界になる・・・という未来まで見えていたのではないだろうか。
 道長があの「望月」の歌を詠ったときからわずか1年後とは思えないほど、時代が貴族の世から武士の世へと急激に舵を切ったという実感を、確かに感じさせた刀伊の入寇。次回の最終回はおそらくまひろ&道長の人生の集大成のターンに入ると思われるけど、それが平安貴族社会の最後の輝きのように、私たちの目に映る最終回になるのではないだろうか。まだドラマは終わっていないが「時代の波を描きたい」と言っていた脚本・大石静と制作陣の意志は、きっちりと私たち視聴者に伝わったと、今のうちに述べておきたい。
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 『光る君へ』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。12月15日放送の最終回「物語の先に」では、藤原道長とまひろの関係を知った道長の嫡妻・源倫子(黒木華)がまひろにある願いを託すところと、道長がみずからの死期を悟って最後の決断をする姿が、15分拡大版で放送される。
 文/吉永美和子
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 12月9日 YAHOO!JAPANニュース 産経新聞「「自国を自分で守る気概を」櫻井よしこ氏が京都で講演、日本取り巻く現状に危機感
 日本の安全保障問題などについて講演する櫻井よしこ氏=7日、京都市下京区
 国防や安全保障への理解を深めてもらおうと、京都府防衛協会青年部会は、防衛シンポジウムを京都市下京区で開催し、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が「日米同盟の真実」と題して講演した。軍事力で周辺国への影響力を強める中国などを踏まえ、「日米同盟を基軸にしつつも、主体的に各国と対峙(たいじ)できるよう努力しなければならない」と訴えた。
 【写真】目も合わせず両手でガッチリ。首脳会談を前に握手する石破首相と中国の習近平国家主席
 櫻井氏は、中国公船が尖閣諸島沖縄県石垣市)周辺に連日接近していることについて「最初はマスコミは大騒ぎしたが、毎日のように来るとニュースにすらならなくなっている。慣れて警戒しなくなることを狙っている」と指摘。台湾でも同様の状況が起きていることを挙げ、台湾有事への備えの必要性を強調した。
 また、ロシアが核兵器を先制攻撃に使用すると公言していることに触れ、日本は米国の「核の傘」に守られていると指摘する中国が「日本は非核国ではなく、核兵器による先制攻撃の対象になる」との考えに変わってきていることを明らかにした。
 こうした現状から、日本を取り巻く環境の厳しさに懸念を示し、「日本人は国防に関する意識を高め、自分の国は自分で守るという気概をもたなければならない」と述べた。
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 820年 弘仁新羅の乱。東国・関東には半島から逃げて来た移民・難民が多数住んでいた。
 天皇への忠誠を拒否した新羅系渡来人700人以上は、駿河遠江の2カ国で分離独立の反乱を起こした。
 が計画的な反乱ではなかったので、朝鮮半島の統一新羅は動かず日本を侵略しなかった。
 同様に、日本各地に定住していた新羅系渡来人や百済帰化人・高句麗帰化人も反乱に同調せず、日本を揺るがす内乱・内戦に発展しなかった。
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 遠江駿河両国に移配した新羅人在留民700人が党をなして反乱を起こし、人民を殺害して奥舎を焼いた。 両国では兵士を動員して攻撃したが、制圧できなかった。 賊は伊豆国穀物を盗み、船に乗って海上に出た。
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 834年 日本人百姓は、偏見と差別、新羅系渡来人への憎悪から武器を持って新羅村を襲撃した。
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 866(貞観8)年 山春永らの対馬侵攻計画。
 肥前基肄郡擬大領(郡司候補)山春永(やまのはるなが)、藤津郡領葛津貞津、高来郡擬大領大刀主、彼杵郡住人永岡藤津らが新羅人と共謀し、日本国の律令制式の弩の製法を漏らし、対馬を攻撃する計画が発覚したが未遂に終わった。
 なお、この対馬襲撃計画に先立つ天安元年(857年)には、対馬島で島内の豪族が300人ほどの兵を率いて対馬守を襲撃する反乱が起きていた。
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 869年 貞観の入寇。新羅の海賊。
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 870年 太宰少弐・藤原元利麻呂は、「新羅と通謀して謀反を企てている」との告発で捕縛された。
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 893(寛平5年) 寛平の韓寇。新羅の海賊は熊本、長崎、壱岐対馬を侵略。
 894年9月 唐の将軍を加えた新羅船100隻、2,500人が、対馬を襲撃した。 対馬の文屋義友は約500人の手兵で迎え撃ち、敵の大将を含む302人を撃ち取った。 捕虜となった新羅人の自白「朝鮮半島は不作により人民は飢えに苦しみ、治安が悪化していたため〝王の命令により〟襲撃した」
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 997(長徳3)年 南蛮の入寇。高麗人が、対馬肥前壱岐、肥後、薩摩、大隅など九州全域を襲う。民家が焼かれ、財産を収奪し、男女300名がさらわれた。これは南蛮の入寇ともいわれ、奄美島人も賊に参加していたといわれる。

 898年と899年に、大規模な反天皇武装蜂起を起こした。さらに各地で、幾つかの反日暴動を起こしていた。
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 906年 延喜の新羅の賊。
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 935年 統一新羅は、高麗の王建によって滅ぼされた。
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 997(長徳3)年 長徳の入寇。高麗の海賊の侵略。
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 1019年 刀伊の入寇満州騎馬民族女真族による北九州侵略。
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 1093年 「海賊船」を拿捕し真珠、水銀、硫黄、法螺などの貨物を接収し宋人と日本人の乗員を奴隷にした、と記録している。これらはすべて日宋交易における日本産の有力な交易物なので「海賊船」として拿捕したというのは単なる口実だとも考えられる。
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