🌋3〕─3─日本で集団と集団が武器を持って殺し合いを始めたのは弥生時代から。~No.10 

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 2025年10月22日 YAHOO!JAPANニュース IBC岩手放送「集団と集団が武器を持って戦いはじめたのはいつか?発掘調査で出土した資料から考える企画展 岩手・一戸町
 縄文時代弥生時代の遺跡の出土品の変遷から、「戦いのはじまり」について探る展示会が岩手県一戸町で行われています。
 【写真を見る】集団と集団が武器を持って戦いはじめたのはいつか?発掘調査で出土した資料から考える企画展 岩手・一戸町
 この展示会は2025年が戦後80年であることから「戦いのはじまりを知り、平和について考える機会を」と、御所野縄文博物館が企画したものです。
 会場には主に一戸町を中心とした岩手県内にある縄文時代弥生時代の遺跡から出土した発掘資料や青森県大阪府からの参考資料などおよそ80点が並んでいます。
 発掘調査による出土品の中に斧や矢尻などの道具が登場するのは、縄文時代中期ごろの遺跡からになります。
 ただしこの時代、それらは「武器」として使われていたのではなく、主に「生活と祭祀のための道具」として使われていたのではないかと推測されます。
 弥生時代に入っても、「生活と祭祀としての道具」としての利用が中心でしたが、一部で「戦いのための道具」として使用した痕跡が見えはじめます。
 まず、矢尻の大型化が始まり、破壊力が増した弓矢で対人攻撃をしていた様子が見て取れます。また、発掘された人骨とともに石の矢尻(石鏃)が発掘されており、この人物は弓矢による攻撃を受け、亡くなったことが想像されます。
 さらに「環濠集落」という、集落の周りを濠で囲んだ集落の跡も見つかっていることから、弥生時代には集団と集団による武器を持った戦いが始まっていたと考えられます。
 御所野縄文博物館の鈴木雪野学芸員は「戦いのはじまりの歴史について考えることで、平和の尊さをあらためて感じる機会にしていただければ」と話していました。
 この展示会は11月24日(月)まで、一戸町の御所野縄文博物館で行われています。
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