💦5〕─2─韓国が「先進国だって…?」日本から盗んだ仏像を返さない騒動。韓国人文化財窃盗団。~No.15No.16 

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 韓国人文化財窃盗団は、日本国内で仏像・仏具を盗んでいる。
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 2013年 週刊文春 3月28日号
 「対馬の仏像盗難 韓国が開き直る呆れた〝歴史認識
 薄墨色の法衣をまとった韓国・浮石寺の僧侶2人が14日、長崎県対馬市を訪れた。大勢の報道陣に囲まれた2人は、『仏教的対話で、問題を解決したい』と話した。
 『問題』とは、昨年、対馬・観音寺から盗まれた県指定文化財の仏像『観世音菩薩座像』のことだ。普通なら、盗品として即刻返還されるべきだが、僧侶は『もともとこの仏像はうちの寺のもの。650年ほど前に倭寇に略奪された』と開き直ったのである。
 彼らは浮石寺のマスコット人形や、小型の仏像を置いていこうとしたが、被害者である観音寺の住職は怒り心頭で、面会を拒否した。当然だろう。マスコット人形は1万ウォン(約850円)。一方、盗まれた仏像は数億円もする。
 韓国には、日本にある朝鮮半島渡来の文化財を盗んで売りさばく窃盗団がいる。なぜこのような行為がまかり通るのか。
 きっかけは、『朝鮮王朝儀軌』だ。李氏朝鮮時代の王室の主要行事を記録した歴史資料で、日本の宮内庁が保管していた。1965年に結ばれた日韓基本条約では日韓間の『財産、請求権問題は完全かつ最終的に解決』しており、これが日本政府の所有物であることは法的にも明らかで。
 ところが、2011年、当時の菅直人政権は協定を結んで、この王朝儀軌を韓国側に渡してしまった。『これがあだになり、韓国内の文化財返還運動に火を付けた』(日本大使館関係者)。
 もともと韓国文化庁は『海外に流失した朝鮮半島由来の文化財は約15万点、うち約6万6,000点が日本にある』としている。なぜ日本に持ち込まれたのか調べようのないものが大半だが、韓国では『日本が盗んで持って行ったのだから、盗み返しても問題ない』という理屈がまかり通っている。
 さらに問題を複雑にしているのが、韓国の司法当局だ。今回の仏像窃盗事件で韓国の地裁は、『観音寺が正当に仏像を取得したと確定するまで、日本側に返還しない』と、責任を日本側に転嫁する仮処分を決めた。
 盗難仏像問題について菅義偉官房長官は14日の会見で、『わが国はユネスコ文化財不法輸出入禁止条約に基づいて韓国政府に返還を要請している』と述べており、外交問題に発展しそうな雲行きだ。」(ジャーナリスト・五味洋治)
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 浮石寺。高麗時代末に創建されたが、李氏朝鮮の仏教弾圧と倭寇の襲撃で仏像や経典を失った。
 李氏朝鮮王朝は、仏教弾圧として、1407年に残す88寺院を定め、町から追放し山野の奥地へと追い遣られた。
 浮石寺は、廃寺とされ、仏像仏具や経典経文などが全て処分された。
 浮石寺の宙耕住職「観音像を対馬に贈ったという記録も、言い伝えもなく、我々の寺のものだとしか考えられない」「倭寇に略奪された可能性がある」
 韓国は、仏像は日本人に盗まれたものであると主張している。
 対馬の観音寺も日本政府も、仏像の返還を要求している。
 大田地裁は、浮石寺の仏像が合法的に日本に渡ったという証拠が明らかになるまで日本に返還しない様に求めた仮処分を認めた。
 あまりにも古い事である為に、略奪なのか売られたのか贈与されたのかを証明する事は不可能とされた。
 合法的根拠がない以上は日本に返す必要はないというのが、現時点での結論とされた。
 つまり。奪われたモノは奪い返して当然であると。
 同様の論理で、ユダヤ人はイスラエルをアラブ人から武力で取り返した。
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 msn産経ニュース 3月31日 「「対馬は韓国領!即時返還」 地方議会が決議文採択
 「対馬は韓国領!」−。ソウル近郊・京畿道の議政府市議会が3月22日、日本政府に「対馬の即時返還」を求める決議文を採択したと韓国メディアに明らかにした。「地理的、歴史的、科学的にみても韓国領土であることは明らかだ」と主張しているのだが、説得力はない。これまでは韓国政府もまともに取り合わなかったが、李明博大統領の竹島上陸に日本が強力に反発したことを「右傾化」だとする韓国世論が今後、一層「反日なら何でもあり」に突っ走る可能性もあり、火種は静かにくすぶり続けている。(ソウル 加藤達也)
 「対馬は韓国領」と主張する議政府市議会の決議は、日本政府への「対馬即時返還」要求のほかに、国会に専門の委員会を設置して領有権の主張を幅広く取り上げ、韓国政府にも国際社会への働きかけや日本との交渉を求めている。
 これに対し対馬市の財部能成市長は、「(議政府市の)主張は世界史的にもまったく証明が不可能な事実であり、3世紀の歴史史書魏志倭人伝に記されたとおり日本国であることは言うまでもなく、今回の主張は笑止千万です」とする見解を表明した。
 韓国では2005年3月、南東部の慶尚南道馬山市議会が条例で「対馬島の日」を制定。馬山市がその後昌原市と合併したことにより、現在は昌原市の条例となっている。
 また2008年7月には国会議員約50人が「対馬返還要求決議案」を国会に提出するなど日本人、対馬市民らの神経を逆なでする行為がたびたび起きている。」
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 2022年9月26日 MicrosoftNews 現代ビジネス「韓国が「先進国だって…?」と、国際社会から“総スカン”…! まさか「日本から盗んだ仏像」を返さない騒動の“ひどすぎる中身”…!
羽田 真代
 韓国が「盗んだ仏像を返さない」…!
 2012年10月に韓国の文化財窃盗団が対馬の観音寺から盗んだ仏像「観世音菩薩坐像」。本来であれば観音寺に返還されなければならないその仏像は、10年が経ったいまでも韓国内に保管されたままである。
 韓国の忠清南道瑞山(チュンチョンナムド・ソサン)にある浮石寺(プソクサ)が所有権を主張したからだ。
 現在、その所有などを争う裁判2審が韓国が行われていて、次の公判は同年10月26日に控えているが、じつは1審は浮石寺が勝訴した。
 © 現代ビジネス まさに「盗人猛々しい」… photo/gettyimages
 問題となっている仏像は、2016年4月に浮石寺が所有権を主張したことにより、事態がややこしくなった。
 この寺のせいで、政治や歴史問題で悪くなった日韓関係をさらに悪化させたと言っても過言ではないだろう。
 浮石寺側は2016年から一貫して「この仏像は倭寇が略奪して持ち去ったことが明らかだ」と主張しているが、彼らはいまだにそれを証明できないでいる。
 おかしな「判決」
 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の文化財不法輸出入等禁止条約では、盗難文化財の原則返還を定めている。日韓はともに同条約の批准国だ。
 浮石寺が所有権を主張するのであれば、まずは観音寺に仏像を戻したうえで争うべきだろう。
 実際、韓国政府の海外文化財返還公式窓口である「国外所在文化財財団」の理事長が2014年4月の中央日報のインタビューに「文化財と関連した不法行為は容認してはならない。浮石寺の仏像の場合、日本に戻すのが正しい」と語っていた。
 にもかかわらず、1審を担当した大田(デジョン)地裁は「略奪や盗難で対馬に渡ったとみるのが妥当」「浮石寺の所有と十分に推定できる」とし、2017年7月に浮石寺側に勝訴の判決を下したのだ。
 問題の仏像は、国際法に則って日本に返還すべきだろう。韓国の裁判所はいつまで浮石寺側の言い分を聞き入れるつもりなのだろうか。たった1体の仏像のせいで、国際社会における韓国の信頼が失墜し、韓国社会に実損までもたらしているのに、だ。
 韓国に「美術品」をもう貸せない…
 実際、韓国はこの仏像騒動のせいで、世界から美術品の貸し出し許可が下りにくくなっている。
 2018年12月に韓国の国立中央博物館で開かれた企画展時には、日本はもちろんフランスからも要請のあった美術品は貸し出しできないと拒否された。
 © 現代ビジネス 「反日」を煽った文在寅 photo/gettyimages
 この時、当時の東国博物館長は、
 「(東京国立博物館が所蔵している『阿彌陀三尊図』について)韓国にあれば国宝や宝物に指定されていたはずの文化財だ。(韓国外にあるのが残念だが)積極的に韓国内展示を誘致して、研究と観覧をすべきなのに」
 と、非常に残念がっていた。この館長のコメントを掲載した東亜日報も「東京博物館がレンタルを拒否し、祖国への外出は失敗に終わった」と紹介している。
 しかし、仮にあのときに日本側が貸し出していれば、この「阿彌陀三尊図」はいま日本と韓国のどちらの国に保管されていただろうか……とうがった見方をしてしまうのは、やはり「高麗金銅観音菩薩坐像」が盗まれたまま一向に返ってくる兆しが見えないからだ。
 国際社会で「信頼を失う」
 東亜日報もまた「(観世音菩薩坐像の事件を紹介して)韓国文化財を所蔵している海外の博物館や美術館は、遺物が韓国に渡れば差し押さえられかねないという不安のため、展示貸出を避けているのが現状である」と、自国の置かれた立場についても記事で紹介している。
 韓国人も、自国の窃盗団が盗んだ仏像のために世界の美術品を借りにくくなっていることを認識しているわけだ。
 つまり、たった1体の仏像のために、韓国は他国から信頼されなくなり、実損を出している。
 最近の韓国は「先進国だ」と自負しているが、これが果たして国際社会で先進国のやることだろうかと頭を傾けたくなる。国際法に則って渦中の仏像を日本に返還することが長い目で見た時、韓国の国益に結び付くような気がしてならないのだが、いったいどうしてそれをしないのかが理解できない。
 まずなにより、韓国の窃盗団が日本の仏像を盗んだことが大前提として悪い。もっと言えば、日本が韓国人に対して“ノービザ”を適応させていたことも問題だったかもしれない。2014年11月には、別の仏像と大般若経を盗んだ4人組を間一髪のところで捉えたこともあった。
 「日韓関係」改善のために
 遡れば、自動販売機などで旧500円と500ウォン(現在の価値で約51円)が誤認しやすいことを利用して詐欺を働く韓国人もいた。
 日韓関係がこれ以上悪化しないように、ノービザの復活は慎重に検討したほうが良いという指摘も出ている。
 確かに日本が韓国人に対してビザを適応させれば、韓国人窃盗団が日本にやってくる頻度は減らせるかもしれないが、観光客も減ってしまうかもしれない。
 奇しくも新型コロナウイルスの影響で復帰したビザであったが、今回の仏像騒動はよりよい“日韓関係”について考える機会を与えてくれたようにも思えるのだ。
 さらに連載記事『「日本に勝った」と大騒ぎの韓国…! ここへきて「日本は大好き、中国は最低」に“大転換”してきたワケ』では、そんな盗人猛々しい行為のウラで韓国で起きている“もうひとつの現実”についてレポートしよう。」
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💐1〕─1─何故これほど日本人に国葬不支持が多いのか。〜No.3 

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 2022年9月26日 MicrosoftNews 現代ビジネス「なぜこれほど国葬不支持が多いのか、悲観的な視点│国葬と“将軍的欲望”を考える【政治思想史・片山杜秀】 「国葬を考える」(3)
 片山 杜秀 2022/09/26 17:30
 9月27日、安倍晋三元首相の国葬が行われる。メディア各社が9月に実施した世論調査では、すべての媒体で反対が半数を超えている。そうした状況を受け、9月19日に東京大学國分研究室の主催で、東大駒場キャンパスで「国葬を考える」と題したシンポジウムが開催された。国葬の持つ意味とは何か、安倍元首相が国葬に値する人物なのか。シンポジウムでの個々の発言を、連続で再録する。
 第3回は慶應義塾大学法学部教授の片山杜秀氏(政治思想史)だ。
 「天皇よりも偉い」権力
 “将軍的欲望”などと、おかしな言葉を持ちだしますが、これは私の造語です。天皇という装置が権威を独占する国家体制において、権力が権威を浸蝕し、あわよくば占有しようとする、欲望の形態。これを“将軍的欲望”と呼びたいと思います。古代以来、裏に回ることもあれば、表に出てくることもある。天皇に抑圧されていることも多い。この“将軍的欲望”がどれだけ抑止されているかいないかで、日本の歴史を見ることができる。そんな図式です。
 “将軍的欲望”の将軍とは、近代陸軍の将軍ではなく、征夷大将軍を想定しているわけですけれども、王朝時代の藤原氏の摂政でも、同じく法皇上皇でも将軍に代入できます。近代以降でも内閣総理大臣や元老や、それを担ぐ権力機構が“将軍的欲望”に駆り立てることはあるでしょう。
 極めて概念的な話なのですが、場合によっては実際的に考えてもおかしくありません。たとえば徳川家康です。徳川光圀の生んだ水戸学だと家康を尊皇家に仕立ててしまいますが、実際の家康は“将軍的欲望”のラディカルな体現者とみなすことができる。死して東照大権現になるわけですけれども、大権現というのは、天台宗系の神仏習合思想である山王一実神道の思想から言えば、天皇よりも偉いんですね。偉さは実力を伴ってこそという考え方が山王一実神道にはあって、あの世もこの世も実力で支配するのが大権現ということですから。
 神道では一般に高天原を統べる天照大神が偉い。でもさすがの天照大神もこの世の統治者とは言えない。天照大神の子孫の天皇も実力によって現実を支配しているわけではない。実力によって現実を支配しているのは江戸幕府である。その初代将軍である徳川家康が大権現として久能山とか日光とかに奉られるということになると、天皇や神々よりも徳川将軍のほうが偉いということをはっきり打ち出しているとも考えられる。
 こういう、古代の藤原氏以来の“将軍的欲望”を如何に引っ込ませるか。明治維新が考えたことです。何しろ王政復古ですから。権威も権力も天皇に集めるというのが明治国家の表向きのデザインです。ただし実際は天皇を輔弼する者が力を持つのですが、政府、議会、軍と、タテ割りをきつくすることで、天皇大権を脅かすほどの将軍的権力者を天皇の下に育てぬようにする。権威の方は現人神として天皇が独占する。これが戦後民主主義の時代になると一応変わります。現人神から象徴になる。象徴はやはり一種の権威ではありますまいか。
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 ここで誤解のないように付け加えると、無政府主義者が理想として夢見るような政治形態を除けば、国家の統治は権威と権力の両方なくして成り立ちません。ゆえに戦後民主主義的な統治でも権威と権力は両方なくてはうまくない。しかし権威をミニマムにすることはできるはずだ。それが戦後民主主義的理想でありましょう。しかし、やはり昭和天皇だと戦後も、ありがたいとか、反発を感じてパチンコで撃ちに行く人が出るとか、いろんなことがありました。それはつまり伝統的でもありカリスマ的でもある権威が昭和天皇には戦後も濃厚にあったということでしょう。昭和天皇は1945年まで現人神ですからいくら「人間宣言」をしても普通の人だとはなかなか思われません。当たり前です。
 そこが本当に変わるのは次代の平成を待たねばならなかったでしょう。今の上皇上皇后ご夫妻は、戦後民主主義というものを共和制にまで進めないで立憲君主制的と言いますか、イギリス型で落ち着かせるための最適な振る舞い方を皇太子時代から周到に考えてこられたのだろうと、私は思っています。宗教的・伝統的権威、あるいはカリスマ的なものを感じさせるものを最低限のところまで退けていく方向で、戦後民主主義天皇の関係を追求したのではないでしょうか。
 権威の下駄をはく権力
 その姿勢がひとつ行き着いたのが、平成28年8月8日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」でありましょう。たとえばこういうくだりがありましたね。天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、国民に迷惑をかけたり、毎日の病状の中で自粛しろとか、ああいうような社会的作用が起きることは大変よろしくないのだという考え方が示されて、さらに、天皇崩御に伴う皇族が伝統的な喪のつとめを担うことが本当に大変で、天皇が現役のうちに退けばそういうことも変えられるのではないか、というニュアンスのことまで述べられている。
 国葬の問題は日本の場合、共和国のドイツなどとは天皇の問題ゆえにだいぶん異なってきます。共和国には共和国の権威が必要で、権威は権力者を英雄化することにひとつの発出源を持つ。フランス革命時代も逝ける革命英雄のために大規模な葬礼を繰り返すことで革命権力に権威を付与しようとした。
 ところが日本の場合はそういう部分は天皇がとってしまっていて、下々の者を国葬にはしないぞという建前がそれなりに機能してきた。でも、天皇自らがそういうところから撤退していくという意志を示したのが平成の終わりで、ある種の仰々しい、指導者を英雄化するような式典というものは、戦後民主主義の中では避けられるべきだという価値が示されているというふうに私は見るわけです。国葬になるのが天皇だけで、上皇天皇に准ずるということで法的には国葬になる立て付けになっております。だからあくまでもするのですが、天皇すら仰々しくやってくれるなと本人が希望している。権威をミニマムしようとする流れの中でとらえられるべき事柄でしょうね。
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しかし、天皇戦後民主主義を両立させるための最終局面に踏み込んできているかのようなこのユートビア的なビジョンは、やはり裏切られる。天皇が権威を自ら下げていくかのような過程に対応する権力のありようとは、権威がほんとうに小さくなってきたら、もう威光を笠に着ることはできないのだから、ひたすら権力を透明にし、公明正大にし、「こういう政策をやります」と国民と約束して、失敗したら「すみません」と言って「次の人に譲ります。政党も替わります」みたいなことになるはずなのです。北欧のデモクラシーで、何だか普通にしかみえない人が首相になって、何の権威もないみたいだけれど大丈夫なのかなあという、ああいう感じでしょうか。
 けれども、そっちの方向で天皇と政権の平仄が合うということに平成後期の政治はならなかったのではないでしょうか。やっぱり日本がうまく行っていない。そういうことが多い。うまく行っていれば権威を笠に着なくても権力は回る。そうではないので、権力は権威の下駄をはいて自らを大きく見せたい。そのとき皇室が権威を切り下げにきたら、世俗的権力は自らを自らによって権威づけ、権力が権威を兼ねようとする。“将軍的欲望”が露出してくる流れが平成後期の政治を特徴づけ、令和に及んでいると考えています。

シンポジウム「国葬を考える」© 現代ビジネス シンポジウム「国葬を考える」
たとえば政権による、まさに平成から令和の変わり目に“元号制定権力”という、もちろん元号を制定する権力というものは政府にあるわけですけれども、それがどういう見え方をするかという問題に注目したいのですが、これはもう平成の元号が決まったときとは全然違う。令和の命名の経緯が内閣主体で総理大臣やその周辺の人が決めて、そこにどういうメッセージを込めようとしたかということが非常にアピールされるかたちでした。
 そして今度の国葬も、元総理大臣を国葬にするということでは戦後においては吉田茂、次は安倍晋三となりますが、両者の性質は、やっぱり私は違うと思うのですね。吉田茂の場合は、1945年までの臣下の国葬の習慣の復活を図りたい。これは吉田茂とか岸信介とか佐藤栄作とか、1945年までに既に天皇の下で、それなりの地位をもっていた人たちは、天皇の臣として大功のあった人間は天皇陛下に弔ってもらいたいという欲望にとらわれ続けていた。臣吉田茂であり臣佐藤栄作であり臣岸信介であり臣池田勇人であったのでしょう。戦後においても本人たちの心の中では。
 天皇なき愛国の時代で
 しかるに2022年の国葬とは、やはり“将軍的欲望”の発露、権力による権威の奪取としてとらえられる面があるだろうと。アメリカの大統領的なるもの、あるいは中国やロシアの指導者的な長期にわたっての強い権力というものを権威も含めて一元的に持ちたいということですね。権威の領域に踏み込みすぎるのは天皇に対して畏れ多いという感覚が、やはり平成の途中で政治家の世代交代もあって、なくなってしまった。その意味でついに戦後は終わったわけであります。
 戦後日本の右派的心情のありようも、もうすっかり変わったのですね。かつては国体護持であり、天皇擁護であり、反共であったものが、現在においては日本の国際的地位の低下してゆくことへの不安、強い存在感の希求という赤裸々なものに転換している。指導者には目立つパフォーマンスをしてもらいたい。日本の衰退を止めて、中国や韓国に負けない、アメリカともそれなりにサシで話せるような、ロシアともサシで話せるような国としての、戦後日本の強い栄光の時代というものを護持してもらいたいという願望が日本の国民のあるパーセンテージにあるとすれば、結局、戦後民主主義との共生をはかる「弱い天皇」なんかには興味がなくなって、戦後民主主義の完成もどうでもよくなって、「強い将軍」というものに興味がいっていると思います。
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 天皇なき愛国の時代に入ったというふうに私は思っているのですが、つまり天皇イメージやその他の伝統に吸収されない一枚岩的、現在至上主義的......マンハイムの定義によればファシズムなわけですが、ファシズム的な愛国運動が誕生できる段階に日本は立ち至って、自然に安倍晋三さんが国葬だと言って、それが当たり前だと思っている人たちがそれなりにたくさんいる。
 上皇陛下もああいう引いていくような言い方をしていれば、国葬という発想は畏れ多いということに昔の世代の政治家だったらなったでしょう。日本に天皇という良くも悪くも権力の増長を食い止めるブレーキになってきたものが効かなくなってきたことによって、ついに民衆愛国一枚岩大運動としてのファシズム運動による新しい政権などが誕生する基礎というものが、そういう前提が整いつつある。その一里塚としての天皇でない者の国葬ということかと私は思うのです。
 となると、国葬不支持の盛り上がりは戦後民主主義の大反撃と呼べるのかということなのですが、私はここで悲観的な視点を示したいのですが。戦後民主主義者が合理的な支配に目覚め、透明な権力に憧れて、権威とか神がかったものとかヒロイックなものを政治に入れないようにしようという、いかにも戦後民主主義的な判断を国民の多くがしているとはどうしても私には思えない。そういう人はいるけれども、そんなに多いわけではあるまい。
 今のような世論調査のパーセンテージに行くには別の力を想定すべきではないだろうか。いわゆる愛国者の失望が加わっていないとこの数字にはならない。国葬不支持率の高さというのは、戦後民主主義的な天皇の存在によってもはや中和されないところの、「真の指導者」「真の独裁者」「真の将軍」、「真の安倍晋三」という言い方はちょっとどうかわからないけれども、つまり愛国者が仮託してきた安倍晋三のイメージを、今度は徹頭徹尾裏切らずに未来へと続けてくれる新しい人が出てくることを待望している人たちの数字が入っていないと、今の反対の数字は出てこないんじゃないか。「超安倍晋三」を求める国民の声が一部入っていないとこの数字にはなるまい。そう私は考えています。
 だからこの後が問題で、たとえば自民党の右派的なものが他の政党とくっついて、これまでの自民党よりももっとずっと右寄りというか、そういうような政権を国民が支えていくような方向に日本が行く可能性は、ある程度あるだろうと。そうじゃないと今の状況というものを私は理解できない。ついにファシズム前夜、天皇を不在として、ひたすら強い日本を求める愛国運動が盛り上がりうる時代になってきたのではないかのではないかということで、私の今日に寄せる見解を終わりたいと思います。
 (2022年9月19日、シンポジウム「国葬を考える」にて)
 《連載 「国葬を考える」》あわせてお読み下さい
 第1回 【国際政治学・三牧聖子】安倍外交の「レガシー」再考──「誰に」「何を」残したか?
 第2回 【政治学白井聡】「日本史上の汚点」安倍政権の内政を検証する」​
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👪35〕36〕─1─日本で一番「幸せ」なのはどんな人達か。日本人のリアル。~No.102No,103No.104No.105No.106No.107 

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 2022年9月23日 MicrosoftNews 東洋経済オンライン「日本でいちばん「幸せ」なのはどんな人たちなのか 1万人に聞いてわかった日本人の意外なリアル
 松下 東子
 © 東洋経済オンライン コロナ禍の中で見つけた穏やかで控えめな「幸せ」。今求められるマーケティングとは(写真:horiphoto/PIXTA
 景気の先行きも心配だし、マスク生活やレジャー自粛も息が詰まる。でも「幸せ」か、と聞かれれば悪くない毎日かも――。野村総合研究所の「生活者1万人アンケート調査」では、1997年から3年ごとに日本の消費者のトレンドを追いかけているが、直近の調査では、景況感が悲観に振れたにもかかわらず、「幸福度」や「生活満足度」は伸びている。
 時系列の大規模アンケート調査をベースにまとめた『日本の消費者はどう変わったか』を上梓した著者が、コロナ禍の中でもしなやかに順応しながら、穏やかで控えめな「幸せ」を見つけている、現代日本の消費者の意識・行動や、今求められるマーケティングの方向性を解説する。
 コロナ禍でも「じわり」と増える幸せ実感
 2021年は、ほぼ一年中を、「緊急事態宣言」や「まん防」の中で過ごした年だった。年明けすぐからの第4波と夏の第5波、延期されていた東京オリンピックも無観客開催となった。
 外食も旅行も自粛自粛、そんな中で実施された生活者1万人アンケート調査では、健康不安の拡大や景況感の悲観、レジャー自粛のさまがはっきりと見られた。オンライン活動の伸びを除き、全体的に抑圧感のある数字が並ぶ。
 しかしその一方で、「幸福度」と「生活満足度」は上昇する結果となった。「あなたは普段どの程度幸福だと感じていますか」について「非常に幸福」を10点、「非常に不幸」を0点として聞いたときに、15~69歳日本人の平均点は、前回2018年の6.84点から今回2021年は6.97点へと上昇している。
 また、「あなたは現在の生活にどの程度満足していますか」についても、「満足している」計は77.2%から78.8%へと同じくわずかに上昇していた。日本人の幸せ実感は、「じわり」と増えているのだ。
 コロナ禍よりも前に同じような現象が見られたのが2012年、東日本大震災の後である。家族や友人などの大切な人たち、平穏な日常について、災害時にはそのかけがえのなさを改めて思い出すということのようだ。
 いろいろ不便はあるが、「世の中にはもっと大変な人がいる」「自分の大切な人は、元気でいてくれる」「今日も無事で過ごすことができた」という、まさに「足るを知る」という満足感が、このじわりと増える幸せ実感の一部となっているのだろう。
 10代では減少、20代で最も伸びた幸福度・生活満足度
 この傾向を年代別にみると、10代では唯一幸福度、生活満足度ともに減少、逆に、どちらも最も伸びていたのが20代だった。20代というのは、実は従来、幸福度も生活満足度も最も低い「谷」にあたる年代だ。
 親の庇護下で自由に過ごしてきた10代から、「新兵」として社会に投げ出され、荒波に揉まれるタイミングを迎える人が多いのが20代という年代だ。ただし、コロナ禍の3年間に関しては、オフピークやテレワークが推奨され、慣れない満員電車や職場の飲みニケーション、しんどい外回りも自粛。社会の荒波も防波堤にせき止められた穏やかなものとなり、船出時の衝撃が緩和されたということだろうか。
 一方で、本来ならレジャーに人づきあいにと青春を謳歌するはずだった10代は、それがコロナ禍により、すっかり台無しになってしまった。
 10代は毎日の生活に充実感があるか、の「生活充実感」の減少も目立っている。高校生なら学園祭などの行事をみんなで準備して達成感を味わったり、修学旅行や卒業旅行で思い出を作ったり、大学生なら部活動・サークル活動やコンパ・飲み会といった生活の充実感を構成する経験が持てなかったことが、幸せ実感の低下につながったとみられる。
 生活充実感は、実は60代、70代の高齢者もコロナ禍でダウンしている。仕事という社会生活の場を持っている割合の少ない高齢者も、外出や旅行の自粛によって、経験や活動、人とのコミュニケーションが減少することで生活の充実感に影響が出やすい。ただし、高齢者の方ではこれまでの人生経験から、「自分はまあ恵まれているほうだ」との「足るを知る」意識が働くが、10代の若者ではそのような俯瞰ができないため「幸せ」実感の低下に直につながるのだろう。
 いちばん「幸せ」なのは誰か?幸せの条件
 では、現代の日本でいちばん「幸せ」を感じているのはどのような人たちか? 幸福度スコアを層別に比較してみよう。
 まず、生活満足度・幸福度・生活充実感のすべてで、「幸せ」は年収に応じて高まっていく。「幸せ」を感じるためにお金がすべてとまでは言わないが、経済的状況は十分条件でなくとも必要条件であることは間違いなさそうだ。だからこそ、景況感が大きく悲観に傾いたコロナ禍で、「幸せ」を感じる人が増えたというのは、興味深い結果だった。
 そして、全体的に男性より女性のほうが「幸せ」実感が高く、生活の満足度や充実感も高い。世帯形態別では単身世帯が最も幸せ実感が低く、結婚し、子どもを持つことで高まっていく。
 最も高いのは、30~40代の子育て期の女性で、その中でも仕事をしている子育て女性で高い。特にフルタイム勤務をしながら子育てをしている女性では、生活満足度・幸福度・生活充実感のすべてが顕著に高く、家族、仕事や人との関わり、経済状況などすべてが充足されているようだ。
 逆に最も低いのが「ミドルエイジクライシス」にある50代男性だ。女性でも50代になるとやや幸福度スコアは下がってくるが、男性は特に50代を超えると生活の充実感が低くなりがちである。ややジェンダー論に寄ってしまうが、女性では家庭、趣味、人づきあいなど、仕事以外に充実感を感じる「拠り所」を複数持っている人が多いのに対して、男性ではそうでない人が多い。知命(50歳)を超えた男性にとって、いかに仕事以外の「拠り所」を見つけるかが、幸せ実感回復のカギになる。なお、男性では70代になると、幸せ実感はやや回復するようだ。
 「拠り所」の大切さについてよくわかるのが、シニアの状況だ。毎日インターネットを使用している「高頻度デジタルシニア」、月1回以上毎日未満しようしている「低頻度デジタルシニア」、ほとんど使わない「非デジタルシニア」で幸福度スコアを比較してみると、高頻度でインターネットを使いこなしながら社会とかかわり続けていけている層ほど高い。仕事をリタイアし、コロナ禍で外出を自粛したとしても、社会とかかわり続け、人とコミュニケーションを取っていくことが、「幸せ」実感には重要なのである。
 幸せの条件は、人とともに過ごすこと
 こうしてみると、幸せの条件は、経済状況に加えて「家族」や「人付き合い」など、ともに過ごせる人の多さに拠っているということになる。実際、週1回以上会話・連絡を取り合う人(直接会うだけでなく、電話や電子メール、SNSなどによるつき合いも含む)の種類が豊富であるほど、幸福度スコアが高いという結果が得られている。
 コロナ禍で人付き合いはしにくくなったが、テレワークの普及など働き方の柔軟性が増したことによって、家族との時間や余剰時間は増えた。改めて先行き長く続く「幸せ」実感を考えたときに、コロナ禍で生活様式が大きく変化した今だからこそ、家族や友人などとともに過ごせる大切な人を見つけること、そして、その大切な人たちとの時間を充実させていくことが求められる。」
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👪5〕─4─マイナス思考は〝脳の癖〟が問題? 自己肯定感と「8つの脳番地」の関係~No.39No.40No.41 

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 2022年9月23日 MicrosoftNews ZUU Online「マイナス思考は〝脳の癖〟が問題? 自己肯定感と「8つの脳番地」の関係
 © 脳 (画像=blacksalmon/stock.adobe.com)
本記事は、加藤俊徳氏の著書『脳の名医が教える すごい自己肯定感』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています
■「自分はダメだ」と考える〝脳の癖〟が問題
 私が出会った20代後半の男性なのですが、目的意識もしっかりしていて努力家の人がいます。彼は大学受験に2回ほど失敗し留年もしましたが、結果的に国家試験に合格することができました。
 私からしたら、それ自体で素晴らしいと思うのですが、彼は違いました。
 実際に社会で働き始めて、いろいろ上手くいかないことがあったらしいのですが、彼はそれを自分の能力のなさだと考えているのです。
 「大学受験に失敗し、留年もしている。国家試験も何度も落ちている。やっぱり自分は人よりも能力がなかった。だから社会に出てもうまくいかないんです」
 自分はダメだとすっかり落ち込んでいるのですが、おかしいと思いませんか?
 人よりも失敗した数は多い彼ですが、諦めることなく取り組み、結局望みを叶えているのです。意志の強さ、まじめな取り組み、これまでの経験……。
 私から言わせれば、彼には他の人にない「能力」があるのです。そこにフォーカスせずに、なぜマイナスばかりに目を向けようとするのでしょうか?
 これはこの20代の男性だけではありません。クリニックを訪れる人たちを見ると、自分を必要以上にダメだと思い込み、自信を失ってしまっている人が多いのです。
 読者の皆さんも、自分を顧みてそんなところがないでしょうか?
 私から言わせると、ただただ「もったいない」の一言です。
 自分の価値を認め、存在を肯定する感覚を「自己肯定感」と呼びます。この自己肯定感が低いばかりに、本来ならもっと前向きに生きることができるはずなのに、つまらないところで躓き、落ち込んでしまう人が少なくありません。
 私自身、若い頃は自己肯定どころか、自分を否定する気持ちが強い人間でした。
 しかし、それゆえに強い自己肯定感を得ることもできました。だから、なおさら「もったいない」と感じてしまうのです。
 ものの見方、考え方をちょっと変えることで、世界がまったく違ったように見えてくるからです。
 医師としての私の経験と、脳科学者という立場、そして自分自身のこれまでの人生を振り返って、自己肯定感も自己否定感も、一種の脳の癖=回路のようなものだと考えるようになりました。
 冒頭の20代の彼は自分の中で、「自分はダメだ」「人よりも能力が低い」という脳の癖=回路ができ上がっているのです。
 だから、周りから見ると、彼には努力する才能、諦めない才能など、いろんな才能があるのに、肝心の彼にはそれが見えていないのです。
 私自身がその癖に気がつき、意識的に考え方と行動を変えたことで、自己肯定感を築き上げることができた、と言いました。それは私だけではなく、誰もが脳の仕組みとカラクリを理解することで、できることだと確信しています。
■「認知」が歪んでしまっている
 脳の癖によって、自分自身の姿を正確に見ることができない人は少なくありません。
 ちなみに、自分をどう認識し、どんな人間だと自分で判断するか? これを心理学の用語で「自己認知」と呼びます。自分の価値観や性格、長所と短所を、自分自身で認識することです。
 自分を正しく評価するには、その大前提として自己認知がしっかりとできていることが大前提になります。
 ところが、これが案外難しいのです。
 とくに自分で自分を見る場合、どうしてもさまざまな主観や願望、思い込みが入り込んできます。本来の自己像とは違った像を勝手に作り上げ、それを自分自身だと錯覚してしまうことになります。
 それが「脳の癖=回路」なのですが、先ほどの20代後半の男性などは、まさにそのパターンだと言えるでしょう。
 精神療法の分野に「認知行動療法」というものがあります。人間のマイナスの気分は、間違った考え方や歪んだ思考=「認知の歪み」から生まれるという考え方です。
 「認知の歪み」とは、まさに思考の癖であり、脳の癖だと考えられます。米国の精神科医であるデビッド・D・バーンズは、「認知の歪み」のパターンを明らかにしました。
 それらの認知の歪みを正すことで、脳の癖を直し、マイナスの気分を失くすことができると説いたのです。ちなみに、代表的な認知の歪みには以下のものがあります。
 「一般化」
 一度や二度の失敗を拡大して捉え、「自分はいつもこうだ」とか「ダメ人間だ」と結論づけてしまう。「絶対」「いつも」「すべて」「必ず」という言葉をよく使う人に多い。
 「結論の飛躍」
 相手の気持ちや考え方を、勝手に決めつけてしまう。たとえばLINEですぐに返信が来ないと、「きっとあの人は自分を嫌っている」と思い込んでしまう。
 「誇大、過小評価」
 たとえば自分の欠点を大きく捉え、長所をあまり評価しないなど、ある部分を誇大に評価し、ある部分を過小に評価する。
 この他にも、「白黒思考」(物事を白か黒か、はっきりさせないと気が済まない。グレーゾーンのない思考)、「極端なマイナス化」(完ぺき主義の人に多く、少しのマイナスがあってもすべてがダメだと考える)、「ラベリング」(対象にレッテルを貼り、決めつけて安心する)、「すべき化」(~するべきだ、~しないといけない、というように理想化して考える)といったものがあります。
 前述の20代の男性の場合は、「一般化」や「誇大、過小評価」などが当てはまりそうです。
 このような「認知の歪み」は誰でも、多少なりとも持っています。ただ、この認知の歪みが強いと、自分を必要以上に否定し、自信を失ってしまうことになります。
 当然、自己肯定感も育ちません。ひどくなると、抑うつ状態に陥ってしまう人もいます。
 クリニックで相談を受けたとき、私はその人がどんな認知の歪みを持っているかを見極めます。その上で、無意識の「認知の歪み」に気づかせ、正しく自己評価、自己認知ができるようにしています。
■自己肯定感と8つの脳番地
 私は脳内科医ですから、「認知の歪み」はもちろん、「自己認知」や「自己肯定感」に関しても、脳の働き方という視点で説明できると考えています。
 すでにこれまでの著書の中で説明していますが、脳にはそれぞれ役割に応じた「脳番地」があることがわかっています。
 MRI(磁気共鳴画像法)で脳を詳細に研究した結果、脳は場所によってそれぞれ分担する働きが決まっていることがわかったのです。
 そして、その脳番地は左右の脳に約60ずつ、計120あることも判明しています。さらに、それは以下のように大きく8つの脳番地に分類できるのです。
●「思考系脳番地」=思考や判断に関する脳番地
●「感情系脳番地」=感性や社会性に関係する脳番地 ●「伝達系脳番地」=話したり伝えることに関係する脳番地
●「運動系脳番地」=体を動かすことに関係する脳番地 ●「聴覚系脳番地」=耳で聞くことに関係する脳番地
●「視覚系脳番地」=目で見ることに関係する脳番地 ●「理解系脳番地」=物事や言葉を理解することに関係する脳番地
●「記憶系脳番地」=覚えたり思い出すことに関係する脳番地
 この脳番地の場所を、わかりやすく示したのが下の図です。これらの脳番地はそれぞれ得意とする働きがあるのですが、独立して働くのではなく、それぞれが緊密に情報をやり取りしながら働いていることがわかっています。
 自己認知に関わる脳も、そんな脳の全体的な働きによって生まれているのですが、とくに「理解系」「思考系」「記憶系」が働いていると考えられます。
 そして、「認知の歪み」は脳番地の働き方のバランスが悪くなっている状態と考えられます。つまり各番地の情報交換が滞り、偏った働き方をしているのです。
 加藤俊徳(かとう・としのり)
 新潟県生まれ。脳内科医、医学博士。株式会社「脳の学校」代表。昭和大学客員教授。脳番地トレーニング、脳活性おんどく法の提唱者。1991年近赤外光を用いて脳機能を計測する「fNIRS(エフニルス)」法を発見。1995年から米ミネソタ大学放射線科MR研究センターに研究員として従事。帰国後、「脳の学校」、「加藤プラチナクリニック」を開設し、独自開発した加藤式MRI脳画像診断法(脳相診断)を用いて、小児から超高齢者まで1万人以上を診断・治療。脳の成長段階、強み弱みの脳番地を診断し、薬だけに頼らない脳番地トレーニング処方を行う。InterFM 897「脳活性ラジオ Dr.加藤 脳の学校」のパーソナリティーを務める。著書に、『1万人の脳を見た名医が教えるすごい左利き』(ダイヤモンド社)、『不安を力に変える』(扶桑社)、『ADHDコンプレックスのための“脳番地トレーニング”』(大和出版)など多数。 加藤プラチナクリニック公式サイト https://www.nobanchi.com/
「脳の学校」公式サイト https://www.nonogakko.com/
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🏹23〕─2─蒙古兵は鎌倉武士団にとってそこまで強大な敵ではなかった?~No.74No.75 

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 隠された歴史的実体認識において、蒙古襲来とノモンハン事件は幾つかの点で似かよっている。
 その代表的例が、鎌倉武士と日本陸軍は弱く甚大な被害を出していた、という事である。
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 元寇文永の役での、主力兵は高麗人兵士と満州系高麗人兵士であり、モンゴル人兵士は少数であった。
 日本人虐殺と子供強制連行の蛮行を行ったのは、高麗人であってモンゴル人ではなかった。
 つまり、日本人は被害者であり、高麗人は加害者であった。
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 2022年9月22日 YAHOO!JAPANニュース 婦人公論.jp「通説”4万人”で襲来した蒙古兵は鎌倉武士団にとってそこまで強大な敵ではなかった? 両軍の真の戦力差と「対馬海流」というハンディ
 弓・槍を構える蒙古兵に立ち向かう鎌倉幕府御家人竹崎季長。『蒙古襲来絵巻・模本』(作:雅信、雅紹、養福、養道、会心法印、雅熈、養實模。東京国立博物館所蔵)より。colbase
 2017年、「クフ王のピラミッド」の内部構造を素粒子ミューオンによって画像観測したというニュースが話題になりましたが、進歩した科学技術は、いまや考古学の分野にまで及び始めています。一方で従来の歴史学では、科学や物理に明らかに反しているにもかかわらず、「結論」あるいは「通説」としてまかり通っているものが少なからずあると話すのが長年、三井造船で船の設計にかかわり、東海大学海洋工学部で非常勤講師を務めた播田安弘さんです。特に文永の役についてよく聞く「迎え撃つ鎌倉武士団に対し、蒙古軍は圧倒的に強大だった」という話には疑問に思うところが多いそうで――。
 【絵】蒙古軍を迎え撃つ日本側の騎馬武者たち
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◆蒙古軍を迎え撃った日本の戦力
 では、蒙古軍を迎え撃った日本の戦力はどれほどのものだったのでしょうか。これについては、さまざまな二次資料があり、近年になって刊行された歴史研究家や軍事研究家の著作などもかなりの数にのぼります。
 そのなかで信頼がおけると思われる軍事研究によれば、博多で蒙古軍と戦った、御家人たちで編制された鎌倉武士団は、騎馬兵が約5300騎、郎党・歩兵が約5000名であったといわれています。
 江戸時代の儒学者・大橋訥庵が1853(嘉永6)年に著した『元寇紀略』によれば、御家人たちの兵力は小弐景資(かげすけ)勢3000騎、菊池・赤星勢800騎、松浦党1000騎、山田・詫磨(たくま)勢230騎、粟屋・日田勢200~300騎で合計5300騎ほどであったとのことです(前出・北岡正敏『モンゴル襲来と国土防衛戦』)。
 これらから、ここでは鎌倉武士団の総勢は騎馬兵が約5000騎、歩兵郎党が約5000人、ほかに物資や食料の補給などにあたる兵站郎党が約5000人と仮定し、戦う兵士としては合計約1万人で蒙古兵約2万6000人に対抗したと想定することにします。
 ただし、騎馬兵を揃えるには相当にお金がかかりますので、九州の御家人たちが騎馬武者を合計で5000騎も動員することが本当にできたのかは、疑問も残ります。この点は、今後の地域別の御家人の荘園の広さや禄高などの研究が必要でしょう。
◆日本に騎馬軍団が存在したことは確実
 ところで、日本の騎馬については近年、「ポニーのように小型だったので、甲冑武者を乗せての突撃などは不可能で、軍記物で伝えられるような騎馬軍団は存在しなかった」とする説をよく目にします。
 しかし日本の伝統的な木曾馬の先祖は蒙古馬で、中型馬ですから、ポニーほど小さくはありませんでした。
 馬の体重は馬の背の高さの3乗に比例するので、馬の背の高さが1.2メートルのポニーと1.3~1.4メートルの蒙古馬では体重が(1.35/1.2)の3乗 ≒1.42倍も違います。また、戦いに用いられたのは雄馬ですが、日本には去勢の習慣がなかったので、体力も十分にありました。
 そのほか、蹄鉄がなかったので騎乗は無理だったという説もありますが、日本は地質的に硬い道路がほとんどなく、畑や田んぼなどの軟らかい道が多いので、問題はなかったと思われます。木曾馬はひづめが張っていて、山道でも滑らない形状をしています。
 日本馬と同じサイズの蒙古馬は大陸を駆け、最強騎馬軍団を生みだしました。日本でも『蒙古襲来絵詞(えことば)』などの絵画には、騎馬武者が多数突進しているさまが描かれています。
 これらがすべてフィクションであったとは考えにくいので、騎馬軍団が存在したことは確実と思われます。
◆襲来した蒙古はそこまで圧倒的に強大な敵ではなかった
 日本馬の問題は、前述のように去勢していない雄馬だったため、馴らすのが大変で、なかなかいうことを聞かなかったことです。発情した雌馬が近くにいようものなら大騒ぎだったようです。
 しかし、現在の競走馬にも去勢しない雄馬が多く、制御できなかったらレースになりませんが、そういう事態になることはありません。
 たしかに西欧のような整然とした騎馬隊の隊列は組めなかったとしても、日本の武士は日常的に訓練して、雄馬を馴らしていました。
 戦場での突撃はせいぜい200メートル程度の走行であり、集団的な突撃は十分に可能だったと考えられます。
 こうして見ると、通説と比べて、蒙古軍の実際の兵力が4万ではなく2万6000ほどと考えられるうえ、その実体は蒙古自慢の騎馬軍団ではなく寄せ集めの歩兵集団だった一方で、日本側は騎馬武者を5000以上も揃えていたと考えられ、ここでも両者の差は縮まります。襲来してきた蒙古は日本にとって、決して圧倒的に強大な敵ではなかったのです。
◆「対馬海流」という蒙古側のハンディ
 しかも、蒙古側はさらなるハンディを背負っていました。
 高麗を発した蒙古軍が対馬壱岐を経由して博多に上陸するには、まず朝鮮半島から対馬海峡の西水道(朝鮮半島対馬の間)を越えて対馬に着き、次に対馬海峡の東水道(対馬壱岐の間)を越えて壱岐に着き、そのあと玄界灘を越えて博多湾に入る必要があります。
 しかし、対馬海峡を流れる対馬海流の速い流れと、玄界灘の荒海を越えての大軍の移動には、大変な困難をともないました。当時の気象や潮流のデータと、蒙古軍船の性能や航海状況をもとに、蒙古軍の航海がどのようなものだったかを考えてみます。
 対馬海流は北上する流れが1~1.5ノットあります(1ノットは秒速約0.5メートル)。
 これは海流としてはかなり速く、朝鮮からの古代の手漕船や帆船などの速度の遅い船が対馬海峡を横断しきれず、山陰地方などに流れ着くことがよくありました。そのため、出雲(島根県)の製鉄は朝鮮から渡来した人々が伝えたという伝説もあります。
 これを証明しようと、山陰で有志グループが丸木船を製作し、釜山から対馬までの航海を企画したことがあります。
 筆者はこの丸木船の形状、重量、乾舷(海面から上甲板の舷側までの高さ)、抵抗と櫂による速力、復原力、対馬海峡の波による揺れなどを検証し、丸木船は重くて乾舷や復原力が小さく、中途半端な波にピッチング周期が同調して船首が突っ込むため波をかぶること、また、少しの風や海流で斜航(進行方向に対して斜めに進むこと)して大きな水の抵抗を受けることなどから航海は困難と考え、いくつか修正を提案しました。
 しかし、さまざまな制約もあって航海は行われ、潮流と風によって斜航し、やがて波をかぶって船は転覆しました。
 図1:蒙古軍船による対馬海峡横断のシミュレーション。『日本史サイエンス』より
◆蒙古軍にとって対馬海峡横断は「なんとか」可能だったレベル
 ほかにも、卑弥呼の時代の埴輪にみられる船の形状を再現して航海実験し、成功したともいわれていますが、実際は設計が適切ではなく、ほかの船に曳航(えいこう)されたようです。
 歴史学者や冒険家が史料や文献から推定し、工学的に検討せず製作した船による航海実験はほとんどが失敗しています。実際に船がどのような寸法、形状、重さであり、復原力、漕力と速度、波浪がどうであったかを数値化して検討しておくことは非常に重要です。一般的に海峡の横断については、海流速度と船速の比からシミュレーションすることができます。
 図1を見てください。船速が遅いと、出発してから下流側に大きく膨らみながら流され、航海距離も長くなるので、船速と海流速度が同じでは目的地にたどり着けません。海峡を横断するには、海流の2倍以上の速度が必要なのです。
 対馬海峡を横断する場合、海流の2倍の速度ということは、2~3ノットは必要ということになります。
 これに加えて、波や風の影響も考慮しなくてはなりませんが、蒙古軍船は櫓のみの走行でも2~3ノットくらいの船速であったと推定されるので、対馬海峡横断はなんとか可能だったと思われます。
 ※本稿は、『日本史サイエンス 蒙古襲来、秀吉の大返し、戦艦大和の謎に迫る』(講談社ブルーバックス)の一部を再編集したものです。
 播田 安弘」
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☷19〕─1─エリザベス女王国葬で馬脚を現した韓国人の本性。~No.55No.56No.57 

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 国葬の席順では、天皇皇后両陛下は6列目で特別扱いが用意されていた、尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領は14列目であった。
 天皇の国際的地位は皇帝であり、常識のない韓国や北朝鮮とは違って、常識ある諸外国はそのように敬意を持って対応している。
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 2022年9月21日 MicrosoftNews JBpress「エリザベス女王国葬で韓国メディアが垂れ流した合成画像の衝撃
 © JBpress 提供 エリザベス女王国葬で弔問者芳名録にサインする尹錫悦大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
 (羽田 真代:在韓ビジネスライター)
 2022年9月19日(日本時間20日)、英女王エリザベス2世の国葬が執り行われた。ロンドン中心部にあるウェストミンスター寺院には、各国から要人など2000人以上が参列。参列者たちは70年間英国を率いた偉大な女王に別れを告げた。
 日本からは天皇皇后両陛下が参列された。
 韓国からは尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領と、その妻である金建希(キム・ゴンヒ)氏が参列した。
 日本の報道では岸田首相ではなく天皇陛下が参列されたこともあってか、「各国の要人たちと外交を」など、海外の要人との積極的な交流を促す報道はほとんどなかった。
 一方で、韓国の報道は尹大統領が英国に発つ前から「歴代級の弔問外交だ」「先取り、経済外交の展望は?」「日本からはナルヒト日王夫婦が出席する」と、要人らとの交流を期待する声が多かった。
 韓国国民は保守・左派にかかわらず、自国民が海外で名を高めることを喜ぶ。だから、支持率の低い尹大統領であっても、世界の要人らと肩を並べることを国民は歓迎している雰囲気だった。
 国葬の席順が分かった時も、「バイデンと並んで14列目…尹大統領、英女王の葬儀“弔問外交”(聯合ニュース)」と、メディアは伝えた。米国の大統領と同等扱いなら、まあ合格といったところだろう。
 余談だが、ポーランド・ドゥダ大統領は13列目、仏・マクロン夫妻は12列目、天皇皇后両陛下は6列目、そして天皇両陛下の隣にはマレーシア・アブドラ国王が着席していたと日韓両メディアの記事では報じられていた。写真を見る限り、天皇陛下の前にはヨルダン・アブドゥッラー2世も写っている。
 韓国メディアによるエリザベス2世の国葬記事を見ていて思ったが、聯合ニュースの報道内容がひどかった。どうひどいのかと言うと、主要人物と尹大統領が一緒に写っているかのような合成写真・映像を掲載しているのだ。
 天皇陛下が笑顔で尹大統領に話しかける?
 筆者が気になった映像は二つある。
 まず一つ目。天皇陛下と尹大統領が並んで立っているかのような写真を作ったことだ。
 © JBpress 提供 聯合ニュースYouTubeチャンネル冒頭場面の画像キャプチャ。天皇 陛下が尹大統領に話しかけているように見える(出所:https://www.youtube.com/watch?v=3yDMAGR3I9s、以下同)
 © JBpress 提供 実際の映像を見ると、尹錫悦大統領は金建希夫人と歩いているだけ(夫人は大統領の影で見えない)
 © JBpress 提供 一方、天皇陛下がほほえみかけている相手は二人の女性である
 元写真の天皇陛下の左隣には女性が2名、尹大統領の右隣には金夫人が写っていた。しかし、聯合ニュースはその女性たちを削除し、天皇陛下と尹大統領が並んで立っている写真を作成。正面を向いた尹大統領に、天皇陛下が笑顔で話しかけられているかのような写真。初めて見た時は衝撃だった。
 二つ目は、チャールズ3世と尹大統領が対面で会話しているかのように作った映像だ。
 © JBpress 提供 こちらはチャールズ3世と尹大統領が対面出会っているように加工した画像。背景が違うのでさすがに分かるが……
 チャールズ3世と尹大統領がそれぞれ別の人物と会話している映像を聯合ニュースは編集して、あたかも二人が向かい合って会話しているように作り上げた。
 実際の写真はチャールズ3世がカナダ・トルドー首相と、尹大統領は在韓英国大使代理と撮られたものだった。尹大統領の方は、撮影地が英国ですらなかった。
 天皇陛下を「日王」と呼ぶ無礼
 聯合ニュースが合成した映像は、在韓英国大使代理の頭部がチラリと写り込んでいるから、注意深く見れば編集したものだと誰でも分かる。
 だが、天皇陛下との写真はどうだろう。合成写真が使用されたのは、インターネット上に配信する動画のサムネイルだけのようだ。動画内には編集前の本当の映像しか出てこない。
 ニュースでは、ウェストミンスター寺院で尹大統領が“日王と遭遇”したことが伝えられているから、合成写真のような場面が本当にあったのだと誤解する人が少なからずいるだろう。写真の加工で許されるレベルを超えているように思う。
 聯合ニュースの名誉のために一つ弁明しておくと、尹大統領はチャールズ3世に会えなかったわけではない。バッキンガム宮殿で尹夫妻共にチャールズ3世と握手を交わしている。しかし、その様子を写した写真は尹夫妻の顔がはっきりと見えていなかった。だから、聯合ニュースは合成写真を作成したのではないだろうか。
 筆者が気になったことは合成写真以外にもある。
 これは聯合ニュースに限った話ではないが、韓国メディアは天皇陛下のことを「日王」「ナルヒト日王」と呼ぶ。メディアがわざと格下げしてこのように呼ぶのはいかがなものだろう。
 ついでに述べておくと、大韓民国大統領秘書室に所属する金恩慧(キム・ウンヘ)広報首席秘書官も「ナルヒト日王」と、天皇陛下のことを呼んでいた。
 尹大統領は日本との関係改善を切望しているようだが、日本に対する配慮に欠ける。こういった小さな配慮を積み重ねていくことが日本人の心を掴むことにつながるということを、彼は分かっていないようだ。
 以前にもやらかしている聯合ニュース
 聯合ニュースの合成写真問題は過去にもあった。
 2013年5月、当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領と、米国・オバマ大統領が握手を交わしているような写真。これは全く別の場所で、異なる相手と握手した写真を同社が繋ぎ合わせていた(朴大統領は当時の国連事務総長である潘基文(パン・ギムン)氏と、オバマ大統領はホワイトハウスで誰かと握手)。
 二人の背景は全く違うし、写真をよく見ると手が4つもある。この写真は、韓国メディアだけでなく海外メディアも皮肉った。
 米国メディア「The Atlantic Wire」は、「オバマ“握手” 韓国のフォトショップの実力は北朝鮮より劣っていることを証明」と書いたくらいだ。
 この時の写真と比較すれば、今回の合成写真は上出来だろう。聯合ニュースの加工技術はこの10年でかなり向上したようだ。
 同社は国家の基幹通信会社として、政府から年350億ウォン(約36億円)を超える巨額の血税を支援金として受けている。それにもかかわらず、写真を捏造して報道していることが明らかになったのだから、同社に対する批判の声が国民から上がるのも当然だ。
 日本でも時々、捏造・歪曲報道が問題視されることがある。多くの人が目にするメディアのニュース。視聴率や購読者数稼ぎのために事実を捻じ曲げるようなことがあってはならない。血税を支援金として受けているならなおさらだ。今回、聯合ニュースは支援者を裏切る行為をとったと批判せざるを得ない。」
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👪32〕─1─「いい人生」を送りたいなら考えておきたいたった1つのこと。~No.94No.95 

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 2022年9月19日 MicrosoftNews ライフハッカー [日本版]「心理学者が提唱。「いい人生」を送りたいなら考えておきたいたった1つのこと
 © ライフハッカー [日本版] 提供 Image: Shutterstock
 いい人生とは何かと考える時、私たちは幸福感に満ちた人生や目的意識のある人生を想像するかもしれません。
 たとえば、親しい友人や家族に支えられた充実して安定した生活や、有意義な目標に向かって何年も頑張る生活を思い描くかもしれません。
 しかし、幸福感や目的意識と同じぐらい重要なもう1つの要素を私たちは見落としているかもしれません。
 アメリカ心理学会の機関誌『Psychological Review』に掲載された2人の心理学者の論文によると、私たちが良い人生とは何かということを考える時、「心理的に豊か」であるかどうかという考察が含まれるべきだとしています。
 彼らの定義によると、以下の通り。
 さまざまな興味深い経験や視点が変わるような経験によって特徴付けられます。
 心理的な豊かさは不可欠
 著者の1人であるフロリダ大学の心理学助教授であるErin Westgate氏がQuartzに語ったように、良い人生を生きるための1つの側面として心理的な豊かさを加えることは、良い人生とはどのようなものかという考えに広がりを持たせる意味で重要です。
 Westgate氏は次のように述べています。
 すべてがスムーズに行っているだけではありません。
 心理的な豊かさにはさまざまな経験が含まれますが、幸福感をもたらすものもあれば、大変な苦労を伴うものもあります。
 新しい言語を学ばなければならない海外での生活は、困難な経験ですが、私たちの視点を永遠に変えることができる経験でもあります。
 困難なキャリアを追求したり、キャリアの途中で転向したりすることは、苦難に満ちた選択ですが、人生の経験に比類のない幅の広さと深みを与えてくれます。
 心の病、家族の一大事、あるいは、自分のコンフォートゾーンから出ざるを得ないその他の多くの困難に対処することも、人生を心理的に豊かにすることにつながります。
 わざわざ経験したいとは思いませんが、視点を変えることで、人生に心理的な豊かさをもたらす効果があります。
 良い人生を送るための最も重要なこと
 この著者たちが指摘しているように、幸福感や目的意識といった、もっと期待される要素も重要です。どちらもあなたを大きく成長させるでしょう。
 その人の性格や価値観によって、これらの側面のうちのどれかをほかよりも優先させるかもしれません。
 しかし、著者は、次のように述べています。
 ある人の人生は他の人よりもある面では高度かもしれませんが、幸福感、目的意識、心理的な豊かさは、良い人生を構成する1つの要素あるいは側面を示しており、1つの要素だけで独立したタイプの人生にはなりません。
 一般的に、幸福感を重視する人は、安定性やポジティブなマインドセットに価値を置き、目的を重視する人は、強い道徳心を持つ傾向があります。
 一方、心理的な豊かさを重視する人は、好奇心や自発性に価値を置く傾向があります。
 この論文の著者たちは、創造性、知的好奇心、他者に対する思いやりなど、これらのカテゴリーに含まれない別の側面も考慮する必要があると指摘しています。
 しかし、最も重要なことは、自分が何者であり、何に価値を置いているのかを見極める自己認識力を身につけること。なぜなら、それがあなたにとって良い人生とは何かを定義するからです。
——2021年10月3日の記事を再編集のうえ、再掲しています。
 訳:春野ユリ / Source: Psychological Review
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