🗻133〕─2─中世日本は地方ごとに分裂し独自性が濃く多様性に富み争いが絶えなかった。~No.346 ㊽ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 2021年10月7日号 週刊文春「文春図書館推薦
 『分裂と統合で読む日本中世史』 谷口雄太 山川出版社 1,800円+税
 中世日本の社会は分裂している。源頼朝が開いた鎌倉幕府は、東国を地盤に、西の朝廷から自立した政権のようだ。その東国を離れ京都に幕府を置くことに足利尊氏は悩んだ。東国に置いた鎌倉府は、たびたび幕府に逆らい、東国の動乱の中心となった。列島の東西には、複数の権力が存在したのだ。さらに、生業と身分、言葉や食文化まで、随所に多様性が見出される。
 一方バラバラに見えて、まとまることもある。二度の蒙古襲来では、全国から武士が動員された。各地に大名が割拠した戦国期でも、実力のないはずの足利将軍や天皇が上位に存在した。これはなぜか。
 分裂した『いくつもの日本』と、統合的な『ひとつの日本』。歴史学民俗学の成果の上に、日本論の現在と未来を見通す。」
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分裂と統合で読む 日本中世史
〈武家の王〉足利氏 (歴史文化ライブラリー 525)
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 歴史的事実として、日本は被害者であって加害者ではない。
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 中世とは、夷狄である中国や朝鮮による日本侵略の時代であった。
 侵略される度に、日本人は虐殺され、捕らえられた日本人は強制連行され生きて日本には帰れなかった。
 殺された日本人とは、対馬壱岐、北九州、山口(長州)などの罪もなき名もなき貧しい人々であった。
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 日本の国土には、中国大陸・朝鮮半島の外敵の侵略から女性神の神国日本と神話に由来する神の血筋を正統に受け継ぐ世襲の男系父系天皇家を命を捨てても守ろうという「尊皇攘夷」が、古代から存在していた。

 811(弘仁2)年 弘仁新羅の賊。新羅船3隻は、新羅海賊船団20隻以上を手引きして対馬を襲撃した。
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 813年 第52代嵯峨天皇新羅の漁民と海賊の船団110人は、肥前の五島などに上陸して襲撃し、島民100人以上を殺害し、日本人を拉致して行った。
 五島の島民は、新羅人9名を殺し、多くを捕らえて役所に突き出した。
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 820年 弘仁新羅の乱。
 天皇への忠誠を拒否した新羅系渡来人700人以上は、駿河遠江の2カ国で分離独立の反乱を起こした。
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 869年 貞観の入寇。新羅の海賊。
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 870年 太宰少弐・藤原元利麻呂は、「新羅と通謀して謀反を企てている」との告発で捕縛された。
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 893(寛平5年)および894年 寛平の韓寇。新羅の海賊は熊本、長崎、壱岐対馬を侵略。
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 898年と899年に、大規模な反天皇武装蜂起を起こした。さらに各地で、幾つかの反日暴動を起こしていた。
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 906年 延喜の新羅の賊。
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 997(長徳3)年 長徳の入寇。高麗の海賊の侵略。
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 1019年 刀伊の入寇満州騎馬民族女真族による北九州侵略。
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 文永の役(1274年)と弘安の役(1281年) 元寇。元(中国)・高麗連合軍による日本侵略。
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 1419年 応永の外寇李氏朝鮮軍による対馬侵略。
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