🗻129〕─4─世宗大王による儒教的「奴婢従母法」と中国従属の「貢女(コンニヨ)」。〜No.326No.327No.328 ㊺ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 朝鮮は、中国に似ているが日本とは似ていない。
 朝鮮人と中国人は同じだが、日本人は別人である。
 朝鮮社会は、中国社会に近く、日本社会と遠い。
 その原因は、社会における中華儒教宋学朱子学)毒の濃度による。
 日本の論語は、異端に近い論語儒教であった。
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 身分制度も、日本と中国・朝鮮とは違っていた。 
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 2020年2月号 WiLL「韓(から)の国は『嘘の国』
 性奴隷・奴婢・白丁を生んだ韓国暴政史
 長年、中国による悲惨な属国支配の中で、朝鮮の人々は強固な身分制社会を生み出した
 宇山卓栄
 どうして暴政ばかりか
 韓国には、なざ常識が通じないのでしょうか。
 ……
 朝鮮半島という地域は、2000年間にわたり中国の属国支配を受けていました。その中で、朝鮮人は悲惨な経験をしています。たとえ、ば李氏朝鮮4代王の世宗のときは『貢女(コンニヨ)』と呼ばれる性奴隷を中国に積極的に差し出しています。『朝鮮王朝実録』によれば、『12歳以下の女子については婚姻を禁ずる』という結婚禁止令を発令し、処女を強制的に挑発して中国に送っていました。
 中国に媚(こ)びへつらうために、民を売りとばすことは、朝鮮では日常的に行われいたのです。
 さらに中国の属国支配の中で、階級支配が強く根を張ります。一部の両班貴族が平民たちの物品を搾取し、中国に貢(みつ)いでいました。支配層も主権を中国に奪われていたため、自分たちの財産を切り売りせざるをえなかった。要するに支配層も抑圧状態に置かれていたのです。その鬱憤を晴らすには、どうしたからいいか。民をイジメることで溜飲を下げようとした。そして、それが強固な身分制度社会を生み出していきました。
 これも世宗時代ですが、『奴婢従母法』よいう法令を施行し、奴隷身分を固定化しました。この法ができた背景には、両班の横暴があります。両班の男が奴婢を性奴隷にすることがよくあり、しかも子供まで産まれていました。世宗はこれらの子は奴婢である母の血を引く者だから、奴婢であることに変わりはないとして、先の法を施行したのです。奴婢は犬畜生のように扱われ、一生、奴隷として働かされます。
 奴婢より虐(しいた)げられたのが『白丁(ペクチョン)』です。粗末な木綿の白い服を着ていたところから、その名がつけられました。白丁たちも牛や豚のように扱われ、逃亡しないよう、首枷や足枷をはめられていたのです。
 こういった身分制度とともに、中国から儒教概念が入ってきました。儒教は目上の者に逆らってはいけない、という階級主義が中心の思想です。中国文化を崇拝する風潮の中で、朝鮮王朝は積極的に儒教を取り入れていき、身分階級を固定化していったのです。
 このような極端な身分社会であるがゆえに、朝鮮の支配者層は常に強圧的で強権的な政治を志向するようになります。なぜかと言えば、弱さを少しでも見せたりしたら、民が反乱を起こし、一気に体制が崩壊し、滅亡する危険性があるからです。
 虚勢を張ってでも強権的な独裁政治を続けてきたのが、朝鮮半島の歴史だったと言えます。」
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 668年に新羅が唐の援軍を得て半島を統一して、数年後から唐の属国となり、敵日政策を積極的に行った。
 日本は、統一新羅を敵国と断定して国交を断絶し、一般人の自由な行き来を禁止した。
 統一新羅以降の全ての半島王朝は、反日派敵日派であった。
 親日派知日派国家にして自主独立国家であったのは、古朝鮮百済高句麗、古新羅渤海などの諸王朝であった。
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