🗻61〕─1─男系父系天皇神話の『古事記』は滅びの美学の金字塔である。~No.145No.146 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 近代西洋歴史学を学んだ現代の日本人は、民族主義皇国史観を学んだ昔の日本人に比べて歴史力・文化力・宗教力が劣っている。
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 日本民族神話は、天皇の物語である。
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 2020年6月25日号 週刊文春「文春図書館
 名著のツボ
 『古事記
 天皇に排除された人間、悲劇的な死に方をした人間を中心にした〝滅びの物語〟
 石井千湖
 712年に成立したと言われる『古事記』 には、イザナキの黄泉の国訪問やアマテラスの天の岩屋戸ごもり、スサノヲのヤマタノヲロチ退治など、日本人にとって馴染み深い神話が収められている。その魅力を、前回の『日本書紀』に続き古代文学・伝承文学研究者の三浦佑之さんに伺った。
 『「古事記」は「日本書紀」と同じ神々の話と天皇家の歴史で構成されています。ただし「古事記」は「日本書紀」より神話の割合が大きく、文学的な要素が非常に強い。また、「日本書紀」には300回近く国家を意識させる〈日本〉という言葉が出てきますが、「古事記」には一度も出てきません。すべて〈倭(やまと)〉です。天皇に排除された人間、しかも悲劇的な死に方をした人間を中心にした〝滅びの物語〟になっています』
 〝滅びの物語〟とは具体的に何を指すのか。
 『まず、「日本書紀」にはほとんど書かれていない出雲神話が「古事記」には入っています。有名な「稲羽の素兎」も出雲神話です。出雲は、日本海側の地域で勢力を持ち、ある段階で倭に滅ぼされたと考えられています。また「日本書紀」のヤマトタケル律令国家が理想とする遠征将軍ですが、「古事記」では父と断絶して関係を修復できないまま死ぬ悲劇の英雄です』
 『古事記』の〝滅びの物語〟のなかで、三浦さんが特に注目しているのはマヨワの話だ。舞台は5世紀後半の都。安康天皇はある男を殺して、その妃を奪う。妃はマヨワという7歳の息子がいた。宮殿で暮らし始めたマヨワは、天皇と母の会話を盗み聞きし、父の死の真相を知ってしまう。そして夜中に天皇の寝室に忍びこみ復讐を遂げる。
 『「ハムレット」を彷彿とさせる悲劇ですが、本当に感激するのは、天皇を殺して追われる身となったマヨワが葛城氏という豪族の頭領を頼るくだりです。朝廷の軍勢に取り囲まれ、負けることがわかっていながら矢が尽きるまで戦う葛城氏に、マヨワは〈今は、われを殺したまえ〉と言う。葛城氏はマヨワを殺した直後に自分の首を切って死ぬ。同じ出来事を「日本書紀」はあくまでも国家の側でドライに書いていますが、「古事記」は滅んでいく人々の内側に入り込んで語る。「日本書紀」が政府の公式発表だとすれば、「古事記」は血の気が通っている人間臭い、いわば「週刊文春」ですね』
 序文によれば『古事記』は天武天皇の勅命によって編纂されたことになっている。しかし、三浦さんは、序文は後年付け足されたものではないかと考えている。
 『「古事記」と「日本書紀」は内容だけでなく、文体もかけ離れているし、序文を引用した史料も9世紀まで出てこない。「古事記」は国家の中枢から外さた、どこか異端の場所で作られています。「古事記」と「日本書紀」が〈記紀〉と呼ばれセット扱いされるようになったのは20世紀に入り、明治政府がクーデターで打ち立てた国家に正統性を持たせるために、天皇という錦の御旗と歴史を必要としたからです。「日本書紀」だけでは味気ないので、わかりやすくて面白い「古事記」をミックスして教科書に載せたのでしょう。戦争のプロパガンダにも利用されましたが、「古事記」に罪はない。なんといっても物語として面白いので、楽しんでほしいと思います』
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 日本国は、異民族である日本民族が海の外から侵略してきて暴力征服し武力統治した征服王朝ではなく、土人であった縄文人の中から自然に生まれた寄り合い国家であった。
 日本天皇は、そうした寄り合い国家の中から立ち現れた。
 ヤマトの国・ヤマト王権ヤマト大王(日本天皇)そしてヤマト人が生み出されたのは、弥生の大乱が原因であった。
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 船乗りの子孫であった縄文人には、戦いや争いはなく、イジメ・意地悪・嫌がらせもなかった。
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 「日本書紀」も「古事記」も、近代歴史学ではなく、言い伝え・伝承・逸話・寓話を集めた神話・物語である。
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 『日本書紀』は、日本民族・日本国民が学ぶべき歴史書ではなく、中華世界・中華帝国・中華皇帝=中国に対する独立宣言書である。
 中華世界には、中華皇帝だけが持つ唯一の正統と朝鮮国王・琉球国王ら諸国王が与えられた数多くの正当があった。
 日本天皇は、中華世界に国王位を裁可・承認・授与する2の正統性を打ち立てた。
 それが、『日本書紀』である。
 日本国は第2の正統性を基に、第1の正統性が支配する中華世界から切り離された。
 東アジアの正統性は一つの絶対から二つの相対に変貌し、中華皇帝しか持たない不可侵の統制権が揺らいだ。
 つまり、東アジアには、中国を中心とした大きな中華世界に対する日本を中心とした小さな中華世界が誕生したのである。
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 正円は、一つの中心核・起点しか存在しない。
 楕円であれば、二つの中心核・起点が同時に存在できる。
 が、儒教の絶対価値観は中華の一点正円にこだわり日本との二点楕円を好まなかった。
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 日本小中華世界は、シルクロードを通じてオリエント・ヨーロッパ・インドでも独立した存在として通用し、その為にシルクロードの最終的終着地となった。
 『日本書紀』の歴史的世界的意義とはそこにあった。
 『日本書紀』が、世界を引き入れた。
 つまり、日本国は『日本書紀』で世界レベルの磁石を手に入れ、ヨーロッパ・オリエント・インド・中華などの各磁石との間に磁力線を生み出し繋がりとしての「ロード(道)」を築いた。
 日本国がシルクロードの最終的終着地になったのは必然であり、偶然ではなく、中国のお情け・お零(こぼ)れでもなかった。
 それは、日本民族として誇るべき快挙であった。
 中華世界の歯車に組み込まれた朝鮮国や琉球国には、他者の影響を排除し独立を保障する正統性がなかった為に遠い地域と直接繋がる磁石はできなかった。
 日本の中華思想は正統性の確立であって、侵略的犯罪ではないし、世界制覇のファシズムでもない。
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 『古事記』は国内向けの神話であり物語であり寓話である。
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毎日新聞
 「古事記」「日本書紀」同時期登場の謎(上) 敗者の歴史を語る「古事記
 会員限定有料記事 毎日新聞2020年1月22日 18時02分(最終更新 1月22日 18時02分)
 伊藤和史
 日本国最初の正史「日本書紀」は720(養老4)年の完成なので、今年で1300年になる。膨大な研究があるが、今も謎が多い。最たるものが、もう一つの歴史書古事記」がほぼ同時期につくられたことだ。
 古事記は712(和銅5)年の成立。ともに天武天皇の意向で編さんされたとされるが、両書には違いも多く、一人の天皇が意図した歴史書としては不可解極まる。
 この謎に「古事記は敗れた側の歴史を語る。勝者(天皇側)の日本書紀とは成り立ちが違う」と答えるのが、三浦佑之(すけゆき)・千葉大名誉教授(古代文学)の新刊「出雲神話論」(講談社)である。 【伊藤和史】
 ヤマトによる全国制圧前の列島の姿をほうふつ
 両書とも大筋では、天上の神々の世界、高天原(たかまのはら)を主宰するアマテラスの子孫が日本の国土を治める物語に収束していく。しかし、そのプロセスや描写ぶりは大いに異なる。その代表が本書のテーマ、出雲神話である。
 出雲神話とは、高天原を追放されたアマテラスの弟スサノオや、その子孫のオオクニヌシが出雲を舞台に活躍する物語。有名なヤマタノオロチやイナバの白うさぎの話が含まれ、オオクニヌシが地上世界の国造りを果たす様子が描かれる。
 古事記では神話の3分の1ほども出雲神話が占める。ところが、日本書紀の本文はごく簡単に触れるだけだ。オオクニヌシの国の支配権が高天原に移ること(国譲り)を正統とする点は両書で共通するが、書紀本文は国造りのプロセスなど目障りだと言わんばかり。
 古事記は違う。「読んでいると、日本海文化のネットワークが浮かび上がってきます」と三浦氏は話す。ヤマト中心史観の周縁にある出雲と北九州、北陸、諏訪、さらに木の国(紀伊)とのつながり。ヤマトによる全国制圧前の列島の姿をほうふつとさせるという。
 滅びの物語を紡いだ語り部
 ところが、古事記の致命的な読み違いがあるというのだ。その象徴が国譲り。よくある読み方では、国を譲る代償に、高天原オオクニヌシの住居となる高大な宮殿を建てることになっている。出雲大社の創建伝承とされる重要シーンだ。
 しかし、大社創建はヤマトではなく出雲側が行った、というのが三浦説の要点の一つ。「オオクニヌシは自ら建て、住み続けるための修繕を要求した。出雲には弥生時代から、高い建物が建っていたことは考古学的に確認できる。ヤマトに建ててもらわなくてもいいんです」。鳥取県米子市の稲吉角田遺跡から出土した弥生土器に高層建築を思わせる線刻画があり、論拠の一つという。
 ただ、そうした独自の文化を誇った列島の各地域も、やがてヤマトに制圧される。彼ら敗者の歴史を語ったのが古事記であり、中でもヤマトとの対立が抜きんでて激しかった出雲が敗者の象徴として入念に神話に描かれた、と考えるわけだ。
 律令国家の論理を支える日本書紀とは全く違う歴史観をもつ書を誰がつくったのか。個人の特定は難しいそうだが、王権周辺の語り部の存在が想定されている。ヤマトの列島制圧を受けて、各地から中央に集まってきた歴史や伝承を素材に滅びの物語を紡ぐ人々。
 「語りとはそういうもの。語り部は生きた人間に向かって語るより、死者に向かって語るのです。琵琶法師が『平家物語』を語ったように」とも三浦氏は話す。「神話はもちろん歴史そのものではないが、現状のように古事記が誤読されたり、記紀神話と平気に一括されたりしたま…」
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 日本民族心神話はローカルで、世界宗教ユダヤ教キリスト教イスラム教の天地創造・人間創生や世界神話の古代ギリシャ神話、古代エジプト神話、古代メソポタミア神話、北欧神話、古代中国神話、古朝鮮神話などとは違い、世界的英雄叙事詩ギルガメシュ物語、オイディプス王物語、ジークフリート物語、アーサー王物語などとも違う。
 黄河文明系古代中国神話や古朝鮮檀君神話の影響を受けていない。
 類似性の神話・物語のルーツは探れば、揚子江以南の山岳に住む儒教に縛られない長江文明系古代神話を持つ江南少数民族に行き着く。
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 シルクロードの最終的終着地であった日本(倭、ヤマト)には、世界中の宗教・神話、寓話・物語が人の移動と共に流れ着いている。
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 滅びの美学・滅びの物語は、昔の日本にはあったが、現代の日本にはない。
 その証拠は、弱者・敗者へのイジメ・意地悪・嫌がらせ、差別・迫害が多いからである。
 原初の滅びの美学・滅びの物語は、朝廷の大軍と勝てない戦いをして滅びた葛城氏の悲劇である。
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 昭和天皇を始め歴代天皇は、人を差別する事に反対し、弱者である病弱者や災害弱者、敗者・罪人などを見捨てる事なく寄り添い、生きる為の精神的支柱であり明日の為の希望であろうと誓い、八百万の神々に全身全霊で祈られていた。
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 中華(中国や朝鮮)世界は、日本とは違って、宗教的な中華神話や民族物語はない。
 神話を起源とする物語は、如何に言い繕うとも取るに足らない文化度の低い下級な歴史書とされた。
 中華世界は、正しい儒教を持たない日本国と日本民族を教養なき野蛮な土人と軽蔑し、差別し、見下していた。
 だから、東夷であり倭人である。
 倭とは、差別用語で、人間ではない獣という意味である。
 日本人は、倭・倭人と侮蔑され嘲笑されているのに怒らず、むしろ名誉な事だと喜んでいる。
 昔の日本人は朝鮮人とは違い、自分から中華帝国(中国)に対し、倭国を日本国に、倭人を日本人に言い改める様に要求し、外交交渉の末に中華常識を覆し中国皇帝の裁可を得て改称に成功した。
 何故か、中華は、日本を仙人が住む不老不死の蓬莱国・蓬莱島と勘違いしたからである。
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 日本民族は、東アジアで、中華世界(中国)の影響を受けないという、日本独自の、日本は特殊であるとした日本民族だけの神々の物語=天皇の神話を創った。
 そして、日本を朝鮮とをハッキリと切り離し、日本は朝鮮とは関係ない事を明確に否定している。
 日本民族国家とは、天皇家・皇室の祖先である神々が毎日重労働をしモノを作って自給自足の生活をする自然神話国家である。
 日本神話とは、天皇家・皇室を中心とした神代物語である。
 反宗教無神論マルクス主義共産主義)、異教根絶のキリスト教、神仏を認めない中華儒教などは、日本民族中心の日本神話を否定し破壊し消滅させようとした。
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 古事記を含めた多くの物語は、ヤマト大王大和王権、日本天皇・朝廷の日本統一という栄光の物語ではなく、日本を一つにまとめる為にやむを得なく滅ぼした相手を忘れずその魂を鎮め、その犠牲の上に日本国がある事を子孫に伝える鎮魂の物語であった。
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 滅びの美学は、敗れて死んでいった人々を忘れず歴史の物語として残す為であった。
 日本神道神社神道は、滅びた人々が怨霊・悪神となって生き残った人々を祟り苦しめないようにするべく、各地に神社を建て日本の神として祀った。
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 日本神道最高神は、女性神天照大神である。
 天照大神は、現天皇家・皇室の祖先神である。
 天皇の正統は、天照大神から発する男系父系の血筋・血統・皇統で保証され、皇室に縁のない他家に嫁いだ女系母系の血筋は赤の他人の血で正統性はないとして皇統譜から排除されている。
 つまり、天皇の正統性は、一個人の教祖が修行の末に自分の思い込みで作り上げた創作宗教ではなく、民族中心神話にある。
 教祖宗教は、新たな教祖宗教の出現でいとも簡単に滅びる。
 民族中心神話は、民族が生存する限りは滅びない。
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 人間が哲学・思想・イデオロギーなどで身勝手に作った憲法・法律は、何時でも、何度でも、人が自由に手を加えて書き換えられる事ができる為に正当性はあっても、不変的な冒してはならない正統性はない。
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 國學院大學メディア
 古事記は誰のために作られたもの?
 ―古事記の成り立ちを知る―
 古事記の不思議を探る
 文学部全ての方向け国際文化
 文学部教授 谷口 雅博 2018年8月24日更新
 (※画面の右上のLanguageでEnglishを選択すると、英文がご覧いただけます。This article has an English version page.)
 日本最古の書物『古事記』。世界のはじまりから神様の出現、皇位の継承まで、日本の成り立ちがドラマチックに描かれています。それぞれの印象的なエピソードには今日でも解明されていない「不思議」がたくさん潜んでいます。その1つ1つを探ることで、日本の信仰や文化のはじまりについて考えていきます。
 『古事記』は日本に現存する最古の書物(作品)です。序文と上・中・下の3巻からなり、世界のはじまりから神々の出現、そして天皇家皇位継承の様子が描かれています。序文には『古事記』の成立過程が記されています。それによると、『古事記』はまず天武天皇(在位673~686)の意志によって作成がはじまり、約30年後の元明天皇(在位707~715)在世中の712年に太安万侶(?生~723没)が完成したといいます。
 では『古事記』は何のために作られたのでしょうか?同時期に成立をした歴史書日本書紀』と比較をしてみましょう。
 『日本書紀』は中国の歴史書に倣って、日本でも本格的な歴史書を作ろうという動きの中で作られたものです。そのため、中国でも読めるものを意図して、漢文体で、時系列順に記録されています。『日本書紀』は成立の翌年から宮中において読書会が行われた記録があり、中央政府の官人が勉強目的で読んでいたことがうかがえます。
 一方で『古事記』はどうでしょうか。『古事記』は、日本の古語を書き記すために、崩れた漢文体を用い、国内向けの文章で書かれています。内容は、神々の世界から各天皇の時代の出来事を描く点では『日本書紀』と変わらないのですが、登場する神々や人々が個性豊かに描かれ、それぞれの物語がドラマチックに描かれています。そのため皇后の娯楽用、または皇子の教育用に作られたという見方があります。完成後に広く読まれた形跡がないのも、宮中内部の私的な文書であったからとも言われます。しかし一方で、氏族系譜に対してこだわりを見せているところから、天皇家と各氏族との関係性を明示し、天皇中心の国家体制を確立するために作られたという見方等もあります。
 いずれにしても、国の正史と位置づけられる『日本書紀』と比較すると、『古事記』は成立の意図や性格など、謎に包まれた部分が多くあり、それが逆に魅力となって読み継がれているのでしょう。
 ~國學院大學平成28年文部科学省私立大学研究ブランディング事業に「『古事記学』の推進拠点形成」として選定されています。~
 logo
 2018年8月20日付け、The Japan News掲載広告から
 ※國學院大學博物館では、企画展「モノで読む古事記」を開催しています(会期:~令和2(2020)年10月31日)。詳細は國學院大學博物館ホームページをご確認ください。
 谷口 雅博
 研究分野
 日本上代文学(古事記日本書紀万葉集風土記
 論文
 『日本書紀』の素戔嗚尊(2020/11/15)
 『古事記天皇御代替わりの記載形式(2019/11/15)
 詳しく見る
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 BOOKウォッチ
 「古事記」と「日本書紀」の決定的な違いとは?
 本書『オールカラー 地図と写真でよくわかる! 古事記』(西東社)はビジュアルを重視して古事記を解説した本だ。活字本で読んでも、頭には入りにくい古事記の内容をわかりやすく説明している。
 本書を別な角度から見ると、古事記にゆかりの場所を案内する観光ガイドブックにもなっている。
一時は偽書とされ埋もれていた
 本書はまず、49ページから始まる「古事記とは」から読み始めるといいだろう。「古事記」は712年、「日本書紀」は720年の成立。「古事記」の方が神話時代の物語が豊富で、「日本書紀」は少ない、など両書の違いを端的に記す。「古事記」は文学的な色彩が濃厚なのにたいし、「日本書紀」は日本の正史として年代を追って書く編年体。中国や朝鮮の歴史書の内容も参照されている。「古事記」は漢字の音・訓を使い分け、和文で表現しようとしているが、「日本書紀」は漢文なので、中国の人が読んでも理解できる...。
 面白いのは、こうした漢字表記の違いなどをもとに「古事記」は国内向け、「日本書紀」は対外向けと解説しているところだ。「古事記」は天皇家が統治する根拠と正統性を示すために、国譲り、天孫降臨などの神話に力を注いだとしており、このあたりは「国内向け」と言う話と符合する。「日本書紀」は遣唐使が中国に持参したという話もあるそうだ。
 現実の権力基盤が確立されると、神話満載の「古事記」はもはや余り重要でなくなったのかもしれない。次第に大事にされなくなり、一時は偽書とされ埋もれていた。評価が復活したのは本居宣長の「古事記伝」からというのは有名な話だ。
文庫本並みに安い
 戦前、皇国史観で各種の神話が過剰に強調された反動で、戦後は冷遇されていたが、90年ごろから再び脚光を浴びるようになる。時を経て、客観的な扱いが可能になったということだろう。左翼系とされていた学者や文化人も、忌憚なく「古事記」について語り、著書を出すようになった。
 本書が楽しいのは、写真、イラスト、絵画、平面・立体地図などを駆使して神話の舞台を巡っていることだ。物語の概要が理解できるだけでなく、行ってみようかなと思える。観光ガイドのゆえんだ。黄泉の国への入り口としては、島根や広島の3か所の候補地が現在の写真とともに紹介されている。
 名前は知っていても、読んだ人は非常に少ない「古事記」。奇想天外な物語が満載で、古代版のファンタジーノベルのような一面もある。神の嘆きや復讐、人間の愛情や哀切も多数の歌と共に描かれ、最近では漫画化もされている。類書は少なくないが、本書は文庫本並みに安いのでおトクだ。著者の山本明さんは多数の歴史関連書を執筆している。
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愛と涙と勇気の神様ものがたり まんが古事記
マンガ 面白いほどよくわかる!古事記