🗾19〕─1─1万年間。縄文時代の食生活は豊かで、縄文人は栄養豊かで長生きしていた。~No.86No.87No.88 @ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 縄文人は、1万年間、狩猟・漁労・採取の変わらぬ自然に依存し、共生した生活を続けていた。
 それは、人類史・文明史では特異な生き方である。
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 縄文人は、自然を崇拝し、大地を崇拝していた。
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 縄文時代土偶は、女性を造形していた。
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 縄文人女性は、特別の日(ハレの日)には華やかにお洒落をしていた。
 女性の特別の日とは、妊娠である。
 縄文人は、安産で無事に子供が生まれ、母体の女性が命を落とさない事を願って土偶を作っていた。
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 縄文人は、生の誕生と死からの再生を願い、家族や村人の健康と食料の確保を願って、土偶を壊して村の至る所に埋めた。
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 月は、再生と誕生の象徴であった。
 縄文人は、月の満ち欠けに命の生と死そして出産による再生を信じて土器を作った。
 ヘビを、再生の象徴としていた。
 縄文の文様や注連縄は、ベビを表していた。
 縄文人は、月の水を集める為に先が尖った土器を作った。
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 縄文時代は、墓を中心村を形成していた。
 縄文人は、墓の周りに家を建てて生活していた。
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 5000年前 縄文時代中期。山梨県の遺跡から出土した土器から大豆栽培の痕跡が発見された。
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 2017年10月14・21日号 週刊現代「今週のへえ〜、そうなんだ
 縄文人はグルメでおしゃれ、長生きだった
 『こんなに変わった! 日本史教科書』 山本博文監修 宝島社
 狩猟や採集で食物を確保するその日暮らしの生活。常に飢餓にさらされ、住宅周辺に食材がなくなれば、食材を求めて別の場所へ転々とする日々。住居や衣服も粗末で苛酷な風雨にさらされ、栄養不足から平均寿命は30歳前後であった──。
そんな縄文人のイメージはすでに過去のもの。現代の教科書では様々な魚介類を肴に果実酒の杯を傾けるグルメな縄文人の姿が描かれている。なぜこんなに教科書の記述が変わったのか。
 きっかけは1992年の山内丸山遺跡の発見だ。青森県で県営の野球場を建設するために事前の発掘調査を行ったところ、縄文時代の巨大な集落跡が発見され、ごみ捨て場まであった。ごみ捨て場からはブリ、マグロ、マダイ、メカジキの骨や、カニ、ウニ、アサリ、ハマグリの殻が見つかっている。現代人も羨むほどの豪勢な食卓だ。
 さらにヤマブドウキイチゴサルスベリなどの果実から酒まで造っていたことが判明している。
 住まいの竪穴式住宅にしても大きなものが作られており、最大のものは長さが32mもある。風雨は十分にしのげただろう。つまり、それまでの定説とは異なり、縄文人はそれなりの大人数で定住していたことがわかったのだ。このことはクリやヒョウタン、エゴマ、ゴボウ、マメ類を栽培していたことからも裏付けられる。
 おしゃれにも敏感だったようで、動物の骨や貝殻、ヒスイやコハクで作られた耳飾り、ペンダント、腕輪なども出土している。素材となったヒスイや、石槍などに使われた黒曜石は、新潟県や北海道、長野県産のものも含まれており、縄文人が広域での交易をしていたことがうかがえる。
 こんな豊かな生活をしていたのだからもちろん長生きで、全国9遺跡で出土した86体の人骨を調べた結果、3割以上が65歳以上のものであることがわかった。
 古代史では、考古学の分析手法の発展によって、新発見が生まれやすい。ゆえに教科書の記述も変わりやすいのだ。(羽)」
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 2019年5月13日 msnニュース 産経デジタル縄文人の遺伝子は肉食向き ゲノム解析で狩猟生活裏付け
 縄文人は現代の日本人と比べ肉や魚を消化しやすい遺伝子を持ち、遺伝的な多様性は低いことがゲノム(全遺伝情報)の解析で分かった。国立科学博物館などの研究チームが13日、発表した。縄文人が狩猟や漁労を中心に小集団で生活していたことが遺伝情報からも裏付けられた。
 チームは北海道・礼文島の船泊遺跡で出土した3500~3800年前の縄文女性の歯から採取したDNAを分析。その結果、肉など高脂肪食の消化を効率的に助けるタンパク質を作るよう遺伝子が変異していることが分かった。アザラシなど肉食が中心の北極圏のエスキモーに多くみられる現象で、現代の日本人にはみられないという。
 また、ゲノムの多様性が低い状態が旧石器時代から約5万年にわたり続いていたことも判明。小集団で生活していたことを示すもので、獲物を求め移動を繰り返す縄文人の生活を反映しているらしい。
 このほか日本人全体ではゲノムの10%、アイヌ民族ではゲノムの70%が縄文人に由来することが分かった。また、縄文人は1万8000年~3万8000年前に大陸民族から遺伝的に分かれたことも判明した。
 国立科学博物館の篠田謙一人類研究部長は「縄文人の特性がかなり分かってきた。今後は日本人の成り立ちとの関わりも解き明かしたい」と話している。
 この縄文女性は40~50歳代で身長140センチ台、瞳は茶色で毛髪が細く縮れアルコールに強かったことなどが既に判明している。チームは昨年、顔の像を復元し、さらに詳しく調べていた。」
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