⛼45〕─5・A─大量の流入した周辺異民族の移民・難民は、劉氏漢帝国を滅ぼし曹氏魏王国と司馬氏晋王国を建国した。.〜No.156 @       

もう一つの『三国志』 異民族との戦い (新人物文庫)

もう一つの『三国志』 異民族との戦い (新人物文庫)

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   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 新しい漢族は、古い漢族を駆逐した。
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 異民族の移民によって、中華世界の古代漢族と地中海世界古代ローマ人古代ギリシャ人は死滅した。
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 移民達は、中華世界の統治者が誰であれ自分達に都合が良く利益を与えてくれる実力者に味方し、易姓革命を行い古い帝国を滅ぼし新しい帝国を建国した。
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 曹操の曹氏魏王国。劉備元徳の劉氏蜀王国。孫権の孫氏呉王国。
 司馬炎の司馬氏晋王国。
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 中華皇帝は、成りたい者が血縁の身分や出身、地縁の人種や民族に関係なく、武力で自由に即位できた。
 中華皇帝に即位する絶対条件は、即位競争戦争に勝利し、中国全土で大虐殺と略奪を行う事であった。
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 中華皇帝は、非暴力の祭祀王・日本天皇に比べて誰でもがなれるという自由度が高かった。
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 日本天皇は、閉鎖的ゆえに、一人しか即位できなかった。
 中華皇帝は、開放的であったがゆに、何人でも即位できた。
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 多数の中華皇帝が即位できたのは、中華儒教による科挙制度があったからである。
 科挙に合格した知的エリートは、自由に、自分が気に入った中華皇帝に仕える事ができた。
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 2017年8月29日号 エコノミスト「移民 寒冷化で押し寄せた移民
 騒乱収めた蒼々の屯田政策  岡本隆司
 寒冷化で大量の移民が南下し、各地で騒乱が相次いだ3世紀前後、中国の魏王となった曹操は、荒れた土地を流民に耕作させ、兵士としても活用することで流民の受け皿を作り、社会不安を解消させた。
 地球規模の気候の寒冷化が本格化し始めた3世紀ごろ、東アジアでは北方の遊牧民が温暖な土地を求め、波状的に南へ押し寄せた。現地民との玉突きが生じて中国の国内でも流民が増加し、各地で略奪や争いが相次ぎ、大きな騒乱・動乱の時代に突入する。
 混沌とした時代のなか、こうした社会不安を解消したのが、魏の国を建てた曹操だ。『乱世の姦雄(かんゆう)』として実力でのし上がり、時に冷酷な権謀術数を辞さず、数多くのライバルを打倒してほとんど天下を統一した。しかし、曹操は最初から強大な兵力を有していたわけではない。ではなぜ、天下を制することができたのか、ここに曹操の才能がある。
 流民活用し最強勢力に
 3世紀以前の中国では、人々は城壁をめぐらせた密集聚落(しゅうらく)とその周囲の土地を生活空間としていた。寒冷化から逃れようと南下した移民は、ひとまず聚落と聚落の間の空き地に住み着いたが、まもなく食料が枯渇し生活に困窮すると、近隣の聚落を襲うようになる。社会不安が増し、連鎖的に治安が悪化すると、やがておびただしい流民が生まれ、大小の騒乱が巻き起こった。
 こうした状況は、3世紀以降の『動乱の時代』』を本格化させる。流民を集めた宗教結社が蜂起して大規模な内乱に発展し、それを鎮めた大小の部隊が軍閥化して各地に割拠し、漢の統一王朝を解体していった。その中で頭角を現し、覇権を勝ち抜いたのが魏・呉・蜀であり、その後三国の皇帝が天下を争う『三国志』の時代が始まったのである。
 寒冷化による疫病や騒乱により、人口は激減した。漢王朝全盛期の紀元前1世紀ごろにおよそ6,000万人だった人口は、三国志時代に3分の1の約1,800万人に急減し、治安はますます悪化していった。
 {紀元前200年、秦王朝の人口は約2,000万人。紀元後600年頃、隋王朝の人口や約4,500万人。紀元後750年頃、唐王朝の人口は約5,100万人}
 このような状況で、騒乱で放棄された土地や生業を持たない流民を放置すれば、事態はさらに悪化する一方である。そこで曹操は、『生活できない流民が減れば、社会も安定に向かうのではないか』と考えた。曹操は流民を収容し、平時には荒れ地を開墾させて生計を立てさせ、有事には徴兵して軍事力として用いる『屯田』政策。を全国的に行った。これにより、曹操軍の食糧は豊かになり、兵力も安定した。
 流民から見れば、屯田政策は耕作に従事して軍糧を供出しながら兵役に駆り出されるため、いわば二重の搾取を受けていることになる。
 だが、それでも人々が曹操に従ったのは、寒冷化という大きな環境変化のなか、衣食住を失い生存の危機にさらされた新来の流民には、ほかに生き延びる方法がなかったからである。
 襲撃や略奪に及びかねない流民の存在は、必然的に従来の住民との摩擦を生みやすい。この摩擦をいかに減らし、社会的な役割を分担していくかが当時の課題であった。
 聚落形態の変化は、その答えの一つである。それまで密集して暮らしていた人々は、互いに適切な距離を保ち、無軌道な暴動や襲撃に走るのを抑制するため、散村を形成するようになった。そして荒廃地を少しでも開墾して、生産力の回復に役立てたのである。
 屯田政策は、こうした慣行を最も大規模かつ徹底的に、また組織的に推し進めるものだった。生産力の低下や治安悪化で人口が激減するなか、曹操屯田政策を行うことで経済を立て直し、最終的には魏国を財力・武力で当時最強の勢力に成長させ、群雄争覇を勝ち抜いたのである。
 寒冷化による流民の大量流入は、中国だけでなく、ユーラシア大陸西のローマ帝国でも並行して発生していた。2世紀ごろまでのローマ帝国も、人口6,000万人を抱える全盛の時代を迎えていたが、厳しい寒冷化が続くと、北方内陸の人々は生き延びるため、より生存・生活の適した温暖な地を目指すようになった。
 同様に治安は悪化し、中国三国時代にやや遅れて、ローマでも皇帝が東西で争いを繰り返す。そして4世紀末に起こった、『ゲルマン民族』という難民集団が武装したまま各地を転々とする『民族大移動』は、そんな移民の波が最高潮に達した事態だった。
 屯田制は後世にも
 そして、ローマ帝国でも曹操屯田政策と同じく、農民の移動を制限し、村落の耕地に縛りつけて耕作させる『コロナトゥス』が一般化した。具体的なルールや手法は、東西大きな違いがあっただろう。しかし、生存の危機にあって、人と土地の結びつきを緊密化し、労働力を最大限に生かして荒廃地を減らすという狙いは、中国と同じだった。
 その後の時代も、流民・難民の波は絶えない。ローマ帝国末期の『民族大移動』が100年以上にもわたる波状現象だったのと同じく、中国でも『三国志』以降、『五胡十六国』『南北朝』の騒動が長く続く。そしてコロナトゥスが中世の領主制・封建制と化して、独自の欧州世界ができあがったのとやはり同じく、曹操屯田政策も、その時々で形を変えて復活し、唐の均田制・府兵制につながっていった。
 その唐は、7世紀初めに成立し、長く割拠分立していた中国を統一したばかりか、東アジア世界の中心になった王朝政権である。均田制などを含む唐の律令体制は中国から日本へと伝わり、古代日本の国家形成にも大きな影響を与えた。
 東の中国の『三国志』の騒乱や『五胡十六国』、西のローマ帝国衰退や『民族大移動』を引き起こした気候の寒冷化は、おそらく当時の人類が直面した未曾有の危機だった。この苦境を乗り切り生き延びるため、人々は各地をさまよい、住み方や働き方を変え、戦い方も変えてゆく。その葛藤の中から、東西ともに役割分担を見つけ、新しい社会を作り上げた。曹操屯田政策や唐の律令制はその一例である。
 移民とそれに付随する変化やリスクは、現在のグローバル時代においても度々取りざたされる経済的課題である。しかし、むしろ人類の歴史そのものが移民の歴史であり、世界史は移民と常に背中合わせで動いてきたといっても過言ではない。
 そして、その背景には気候変動が大きく影響していた。となれば、世界経済は今後、移民やそれによる変化・リスクも含めた社会体制の構築が不可欠となるだろう。寒冷化による未曾有の危機と移民の歴史は、そのことを痛切に教えてくれているように思う」
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 人口激減して活力をなくした国・地域に、新たな移民が大量に移住する事で人口増加と若々しい活力をもたらす。
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 新しい民族による新しい王朝を建国した曹氏魏王朝は富み栄えた。
 古い民族による古い王朝にこだわった劉氏蜀王朝は、3カ国中で最初に滅亡した。
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 民族も王朝も勢いをなくし衰えた時は、積極的に新しい血・若い血を受け入れなければ滅亡する。
 そこには、部族意識は強いが人種・民族の意識は弱かった。
 近隣の部族は敵か味方かに分かれやすいが、遠方の人種や民族には敵対意識が生まれずらい。
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 大陸の掟として、滅ぼした古い民族や王朝は根刮ぎ殺し尽くし消滅させなければならない。
 臣下として忠誠を誓い味方なって旧主を攻める者は助け、拒絶すれば家族・一族諸共に容赦なく根絶やしにした。
 大虐殺による大流血を是とするのが、中華儒教・正統派儒教における正義である。
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 大陸で生き残る為の鉄則とは、「欲しいモノは持っている者から武器を用いて暴力的に奪い取る」、と言う事である。
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 日本民族は、冷徹な大陸の掟や鉄則に恐怖して日本列島へ逃げだし、日本列島に閉じ籠もって独自の生き方を選択した。



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中国の異民族支配 (集英社新書)

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